remcat: 研究資料集

(TANAKA Sigeto)

教育セッション「多様な現場で社会学を教える-『参照基準』作成の意義をどのように考えるか-」

※とりあえずのメモ。あとで編集します。観客10人くらい

今井順 趣旨説明

多様な制度的環境での教育
何を教えるのか、何ができるようになるといっていいのか

笹谷春美「 社会学分野の参照基準の策定経過とその意義-誰のための,何のための参照基準か-」

ほとんど読まれていない
読めば面白いのだけれども

「参照基準」とは
学士のありかたが多様化←文科省の政策の結果
到達レベルの可視化
学術会議→文科省「質保証のありかたについて」

2013年学術会議社会学委員会→日本社会学会へ依頼
日本社会学社会学教育委員会が担当
組織作成

7回の審議→査読→クレームに対処

共同作業
学術会議社会学委員会: 総合大学における社会学の存在への危機意識
日本社会学会: 地域的に多様な若手中心の構成
社会学教育当事者による社会学教育当事者のための参照基準
大学にとっての参照基準
担当教員にとっての共通知
大学周辺との公共財
社会学の有用性アピール


共通フォーマット
定義、特性、基本的素養、評価方法、専門教育と教養教育との関わり

パブリックコメント
→格闘する姿勢、13分野は総花的(あるいは簡単すぎ)
→高校生へのアピール

わかりやすい文章で
応用編は各自で

中学・高校の社会学的内容

大國 充彦「社会学分野の参照基準について-期待する使われ方」

期待する使われ方

最初に書いた部分と大切な部分が重なる

「標準化」の気持ち悪さ
学術会議から回ってきた余計な仕事
社会学を教える/学ぶ価値の自己主張

最初に手をつけた部分
分野に固有の能力
ジェネリックスキル
市民性の涵養と社会学教育
教養教育としての社会学教育

教える相手の姿が見えないと…

教育環境が多様
→たたき台として参照できるもの
→更新されていくもの

角一典(コメンテータ)

参照基準の存在自体を知らなかった
学生の前で話すのは好きでない

当初はマルクスウェーバーマッキーバーなど

職場の変更→教員養成に特化
小中高カリキュラムの社会学的要素が認識されていない

現代的課題に対する順応性
→総合的な学習の時間
なんでもあり
調査の重視(地理学と共通)

自分の教育実践を反省→間違いではなかった
実践の学としての社会学

標準化するのかしないのか
内容一覧?→摘まみ食いでいいのか
「何のためにあるのか」が伝わってこない
作者の意図とは別に、「悪用」される可能性は?

工藤遥(コメンテータ)

看護学校で非常勤
→どのように教えればよいのか

学校からの要望「視野を広げる」
物の見方、社会問題について考える、考えを他者に伝える

自分の講義との対照

学ぶ側の視点から書かれている→教えた経験がなくても理解しやすい

教え方のガイドラインはなくていいのか

他の学問領域との相違と共通点
例: 当事者への寄り添いかた、看護学との違い?

質疑

※今井
コメンテーターの感想は諸刃の剣では?

笹谷
標準化」として意味されることがあきらかでない
作成当時は意識していなかった
実際には無理ではないか
実際、14分野全部を教えるのは不可能

大國
参照基準と教員の自由の領域
自由をどれくらい制約されるか、どの程度外的条件を考慮すべきかの参考にはなるか

※田中


※小内
出発点は外発的
「評価基準」であることは否定できない→意図せざる結果はあるのでは
理系分野ではもっとリジッドなのでは?

笹谷
枠は決まっているが、書きかたは学術会議との闘い

大國
大学での教育だけに視野を限定していると足元をすくわれるかも

※小内
高校までのカリキュラムは決まっていて、自然科学の大学教育はそれを出発点としている。
社会学の参照基準も使われるときはそういう使い方になるのでは

※原
文科省の幻想→なんでもプログラム化できる

今井
「なんでもあり」では対抗できない→スタートポイントとしては使えるのでは