remcat: 研究資料集

(TANAKA Sigeto)

標本抽出は正しくおこなわれたのか (労働時間等総合実態調査 (2013) のデータ重複について)

厚生労働省「労働時間等総合実態調査」について、5月30日の衆議院厚生労働委員会で、つぎのような答弁があった。

○酒光政策統括官 今回の調査にあたりましては、調査設計にもとづいて、事業種とか規模別に事業場数を決めて、各労働局で、この規模この業種のこのカテゴリーに相当する事業場をいくつ選べというような指示をしておりまして、その指示にもとづいて、各監督署が台帳を持っておりますので、その台帳から無作為抽出をする、そういうやりかたをしております。ですから、本省で事業場まで指定しているものではない。数は当然管理をしているというものですので、数の管理は、さきほどのかえってきた返送票などによって管理をする、そういうことになります。
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衆議院 インターネット審議中継 (2018-05-30) 厚生労働委員会「厚生労働関係の基本施策に関する件」。

http://www.shugiintv.go.jp/jp/index.php?ex=VL&deli_id=48224&media_type=fp

https://remcat.hatenadiary.jp/entry/20180604/doubling でみたように、この調査ではIDなどで対象事業場の管理をしていない。労働局から調査票が返送されてきた際にも、同梱の「返送票」に書いてある送付部数を確認するだけであって、それが本省から指示したとおりの部数であったかどうかはチェックしていないようである。「この規模この業種のこのカテゴリーに相当する事業場をいくつ選べというような指示」を各労働局に出したということなのだけれど、その指示がどれくらい守られているかは把握していないということだろう。また、対象事業場抽出の指示は労働局ごとに出しているが、抽出のもとになる台帳を持っているのは各監督署ということになると、具体的にどういうやりかたをとっているのかわからない (各監督署から台帳を集めてくるのだろうか? それとも各監督署に抽出すべき事業場数を割り当てたうえで、各監督署の台帳から無作為抽出するのだろうか? このあたりにくわしいかたからご教示いただけるとありがたい)。

さて、「この規模この業種のこのカテゴリーに相当する事業場をいくつ選べというような指示」というのは、おそらく2013年3月8日の通達「労働時間に関する調査的監督について」(基発0308第1号) の別紙3の2のことだと思う。しかし、これは ほとんど全面黒塗りにしたもの しか公開されていないので、具体的な指示内容が不明である。

幸い、前回の2005年度調査については、黒塗りのない資料が公開されている。それによると、たとえば宮城労働局に対する標本抽出の指示は、つぎのような内容であった。


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厚生労働省 労働基準局長 (2005-03-11)「労働時間に関する調査的監督について」(基発0311008号) 別紙3の2 (宮城局)。
全国労働安全衛生センター連絡会議 情報公開推進局サイトの掲載情報による

http://www.joshrc.org/~open/files/20050311-001.pdf

業種26種類と事業場規模6種類とをかけあわせて156の層をつくり、それぞれに抽出事業場数を割り当てている。対象事業場数の合計は161であり、表の各セルに入っている数値はほとんど1とか2とかである。なお、企画業務型裁量労働制を導入している事業場については、特に各層からとる数が指定されている (抽出事業場の内数として括弧書きで指示)。一方、専門業務型裁量労働制を導入している事業場は、表の外に、抽出数 (9) が指定されている。

これをもとに事業場の台帳から無作為抽出せよといわれても、いろいろ困るような気がする。おおむねつぎのような手順になるだろうけれど:

  • まず企画業務型裁量労働制を導入している事業場について、業種×事業場規模のカテゴリ別にリストをつくり、「別紙3の2」で指示されているとおりの数の事業場を抽出する
  • ついで、専門業務型裁量労働制を導入している事業場のリストをつくり、そこから指示通りの数 (9事業場) を抽出する 【このとき、専門業務型と企画業務型の両方を導入している事業場は、リストにふくめるのかのぞくのか不明】
  • ここまでで抽出された事業場数を、「別紙3の2」の表の各セルから差し引く (たとえば小売業の101-300人規模の事業場は2つ割り当てられているが、その2つとも、企画業務型裁量労働制を導入している事業場となるので、それ以外の事業場の抽出数はゼロとなる)
  • 裁量労働制を導入していない事業場について、業種×事業場規模のカテゴリ別にリストをつくり、必要な数の事業場を抽出する

いずれにせよ、このような指示が全国の労働局宛に出されているわけで、全労働局がそのとおりの抽出作業をおこなっていれば、全国で計画したとおりの調査対象 (標本) がえられることになる。


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厚生労働省 労働基準局長 (2005-03-11)「労働時間に関する調査的監督について」(基発0311008号) 別紙3の1。
全国労働安全衛生センター連絡会議 情報公開推進局サイトの掲載情報による

http://www.joshrc.org/~open/files/20050311-001.pdf

2005年度調査の場合、調査全体では、上のような標本構成になるはずであった。100人以下の規模の事業場については、ほとんどの業種で、各セル80-83事業場を対象とすることになっている。つまり、156層にわけたうえで、各層から一定の数の事業場を確保する計画だったことがわかる。100人をこえる規模になると、かなりすくない調査対象数のところが出てくる。たとえば「理美容業」や「その他の保健衛生業」(ほとんどは浴場) では301人以上規模の事業場はひとつも調査しないことになっているが、それはこのセルに該当する事業場がほとんど存在しないからだろう。

さて、2013年度調査については、資料が黒塗りになっているので、標本設計の詳細は不明である。しかし、調査全体の規模は2005年と同様であり、比較可能性を重視して設計されているはずだから、上の表とほぼおなじ設計になっているものと予測できる。

実際の標本抽出と調査は、この標本設計に沿っておこなわれたのだろうか?

データと資料

以下では、実際に2013年度「労働時間等総合実態調査」で作成された素データ (http://tsigeto.info/mhlwdata/) を分析する。https://remcat.hatenadiary.jp/entry/20180604/doubling でみたように、このデータは、重複して入力された事業場を、おそらく8件ふくんでいるが、この分析ではそれをのぞかず、全11575件を対象としている。

なお、このデータの業種分類は「労働基準局報告例規」による。 http://www.joshrc.org/~open/files2007/20080331-018.pdf の別紙6に基づいて、上記の標本設計が再現できるようにカテゴリーを区分しなおした (下記のコード参照)。

コード (SPSS syntax)

分析に使用したSPSSコードを示す。業種分類については、大分類2ケタと小分類2ケタを結合したものをもとに、2005年度調査の設計にあわせて適宜統合している。

/* *********************************************
* 裁量労働制の変数が有効かどうか
* 	 KS: 企画業務型裁量労働制が有効なら1, 欠損値なら0
* 	 SS: 専門業務型裁量労働制が有効なら1, 欠損値なら0
********************************************** */

recode KS_LONG ( missing = 0 )(else = 1) into KS.
recode SS_LONG ( missing = 0 )(else = 1) into SS.
frequencies KS SS.
crosstabs KS by SS.

/* *********************************************
* 事業場規模 (従業員数)
* 	SIZE: 標本設計で使用されたカテゴリ (たぶん)
********************************************** */

recode SIZE_P
	( 1 thru  4 = 1)
	( 5 thru  9 = 2)
	(10 thru 30 = 3)
	(31 thru 100= 4)
	(101 thru 300=5)
	(301 thru Highest = 6)
	into SIZE
.
frequencies SIZE.

/* *********************************************
* 業種 (労働基準局報告例規)
* 	IND: 標本設計で使用されたカテゴリ (たぶん)
********************************************** */

compute IND = 100*IND1 + IND2 .
recode IND
	( 101 thru 107 = 101 )
	( 108 thru 115 = 108 )
	( 200 thru 299 = 200 )
	( 300 thru 399 = 300 )
	( 500 thru 599 = 500 )
	( 900 thru 999 = 900 )
	(1000 thru 1099=1000 )
	(1100 thru 1199=1100 )
	(1200 thru 1299=1200 )
	(1500 thru 1599=1500 )
	(1700 thru 1799=1700 )
.
frequencies IND.

/* *********************************************
* 標本設計を確認するクロス表
********************************************** */

/* 全体 */
crosstabs /tables=IND by SIZE.

/* 裁量労働制なしの事業場 */

temporary.
select if 0=KS and 0=SS.
crosstabs /tables=IND by SIZE.

/* 企画業務型裁量労働制があるが専門業務型〜はない事業場 */

temporary.
select if 1=KS and 0=SS.
crosstabs /tables=IND by SIZE.

/* 企画業務型裁量労働制はないが専門業務型〜がある事業場 */

temporary.
select if 0=KS and 1=SS.
crosstabs /tables=IND by SIZE.

/* 企画業務型・専門業務型の両方の裁量労働制がある事業場 */

temporary.
select if 1=KS and 1=SS.
crosstabs /tables=IND by SIZE.

結果

以下に出力されたクロス表を示す。なお、業種の名称は適当に省略しているので注意。

全体

まず、データ全体の分布を示す。

コード 業種 300人超 101-300人 31-100人 10-30人 5-9人 1-4人
0101 食料…印刷 490 74 78 86 87 78 87
0108 化学…機械 536 87 92 90 93 82 92
0116 電気ガス水道 354 22 50 69 81 64 68
0117 その他の製造 443 44 70 83 82 80 84
0200 鉱業 285 3 9 46 81 72 74
0300 建設業 484 52 79 95 89 86 83
0401 鉄道水運航空 444 51 72 78 83 81 79
0402 道路旅客運送 457 41 88 85 88 81 74
0403 道路貨物運送 476 54 79 81 102 86 74
0500 貨物取扱業 380 19 54 74 80 78 75
0801 卸売業 483 61 76 98 91 80 77
0802 小売業 520 69 89 85 97 99 81
0803 理美容業 333 1 4 53 89 98 88
0804 その他の商業 460 51 65 95 76 91 82
0900 金融、広告業 499 54 75 96 120 78 76
1000 映画・演劇業 384 11 50 100 71 79 73
1100 通信業 467 68 75 81 84 78 81
1200 教育・研究業 509 82 87 88 94 79 79
1301 医療保健業 493 79 87 80 90 75 82
1302 社会福祉施設 465 23 86 94 110 82 70
1303 その他衛生 319 4 30 73 75 68 69
1401 旅館業 449 45 80 79 86 82 77
1402 飲食店 425 7 68 97 105 77 71
1403 その他の接客 427 12 70 94 100 75 76
1500 清掃・と畜業 479 65 78 84 86 86 80
1700 その他の事業 514 69 94 87 97 84 83
11575 1148 1785 2171 2337 2099 2035

この表からわかるとおり、データ全体の標本構成は、各セルから一定数 (80+α) をとる構成にはなっていない。100人以下の事業場のセルでも、70を切る対象数になっているところが散見される。一方で、100を超えるセルもちらほらある。

事業場規模によるちがいをみると、たとえば10-30人規模の事業場の数 (業種計) は2005年度調査の標本設計では2135だったものが、2013年度のデータでは2337となっており、202増加している。一方で、1-4人規模の事業場は108減少、301人以上の事業場は197減少している。おおむね、中規模の事業場がたくさん選ばれ、小規模・大規模の事業場がすくなくなっている感じである。

業種によるちがいをみると、2005年度調査の標本設計では「電気・ガス・水道業」を (事業場規模計で) 441抽出することになっていたところ、2013年度のデータでは354となっており、87減少している。「その他の保健衛生業」は360から319へと41減少。これら以外は、おおむね同程度か、すこし増加している業種が多い。

裁量労働制なしの事業場

つぎに、裁量労働制を導入していない事業場のデータを検討しよう。

コード 業種 300人超 101-300人 31-100人 10-30人 5-9人 1-4人
0101 食料…印刷 434 65 60 70 80 72 87
0108 化学…機械 344 25 37 52 67 76 87
0116 電気ガス水道 354 22 50 69 81 64 68
0117 その他の製造 419 40 63 74 79 80 83
0200 鉱業 285 3 9 46 81 72 74
0300 建設業 443 49 77 74 79 83 81
0401 鉄道水運航空 443 51 72 77 83 81 79
0402 道路旅客運送 457 41 88 85 88 81 74
0403 道路貨物運送 473 52 79 80 102 86 74
0500 貨物取扱業 380 19 54 74 80 78 75
0801 卸売業 364 46 50 56 65 74 73
0802 小売業 451 62 78 65 81 90 75
0803 理美容業 333 1 4 53 89 98 88
0804 その他の商業 396 44 52 76 65 82 77
0900 金融、広告業 212 16 26 34 43 36 57
1000 映画・演劇業 313 8 30 69 66 70 70
1100 通信業 433 64 73 68 77 73 78
1200 教育・研究業 305 47 30 40 62 57 69
1301 医療保健業 485 76 84 79 90 74 82
1302 社会福祉施設 465 23 86 94 110 82 70
1303 その他衛生 318 4 30 73 74 68 69
1401 旅館業 447 44 79 79 86 82 77
1402 飲食店 420 7 66 96 103 77 71
1403 その他の接客 423 12 68 94 98 75 76
1500 清掃・と畜業 477 65 78 82 86 86 80
1700 その他の事業 276 28 50 39 46 52 61
10150 914 1473 1798 2061 1949 1955

裁量労働制を導入している事業場をのぞくと、分布に多少の変化がある。たとえば「金融、広告業」や「映画・演劇業」では、データ全体では100を超えていたセルがあったが、裁量労働制のない事業場だけに限定すると、それらのセルの事業場数がかなりへる。しかし一方で、「道路貨物運送業」「社会福祉施設」「飲食店」などでは100を超えるセルがある。また、セルによる数のちがいもやはり大きい。

企画業務型裁量労働制があるが専門業務型裁量労働制はない事業場

ここからは、裁量労働制を導入している事業場のデータである。まず、企画業務型のみ導入している事業場。

コード 業種 300人超 101-300人 31-100人 10-30人 5-9人 1-4人
0101 食料…印刷 3 1 0 2 0 0 0
0108 化学…機械 46 11 12 10 12 1 0
0116 電気ガス水道
0117 その他の製造 10 1 5 2 2 0 0
0200 鉱業
0300 建設業 6 1 0 4 1 0 0
0401 鉄道水運航空
0402 道路旅客運送
0403 道路貨物運送 2 1 0 1 0 0 0
0500 貨物取扱業
0801 卸売業 63 5 10 24 18 5 1
0802 小売業 37 3 5 9 11 6 3
0803 理美容業
0804 その他の商業 13 1 4 0 4 2 2
0900 金融、広告業 242 33 44 52 68 34 11
1000 映画・演劇業
1100 通信業 2 0 0 1 1 0 0
1200 教育・研究業 10 3 4 2 0 1 0
1301 医療保健業 4 0 3 1 0 0 0
1302 社会福祉施設
1303 その他衛生
1401 旅館業 2 1 1 0 0 0 0
1402 飲食店 2 0 1 0 1 0 0
1403 その他の接客 1 0 1 0 0 0 0
1500 清掃・と畜業
1700 その他の事業 62 9 8 11 19 8 7
505 70 98 119 137 57 24

企画業務型のみを導入している事業場は、「金融、広告業」に多いことがわかる。データ全体ではこの業種は499事業場であったが、そのうち242事業場 (48%) が該当している。ついで「卸売業」(63) 「その他の事業」(62) などでもこうした事業場が多い。なお、「その他の事業」というのは、派遣業、警備業、情報処理サービスなどである。

企画業務型裁量労働制はないが専門業務型裁量労働制がある事業場

専門業務型のみ導入している事業場ではどうか。

コード 業種 300人超 101-300人 31-100人 10-30人 5-9人 1-4人
0101 食料…印刷 48 6 16 13 7 6 0
0108 化学…機械 80 15 22 21 12 5 5
0116 電気ガス水道
0117 その他の製造 10 1 2 6 0 0 1
0200 鉱業
0300 建設業 30 0 2 14 9 3 2
0401 鉄道水運航空 1 0 0 1 0 0 0
0402 道路旅客運送
0403 道路貨物運送 1 1 0 0 0 0 0
0500 貨物取扱業
0801 卸売業 42 5 11 14 8 1 3
0802 小売業 26 2 6 8 4 3 3
0803 理美容業
0804 その他の商業 48 6 9 16 7 7 3
0900 金融、広告業 36 4 1 7 9 8 7
1000 映画・演劇業 67 3 17 30 5 9 3
1100 通信業 30 4 2 10 6 5 3
1200 教育・研究業 139 7 33 39 29 21 10
1301 医療保健業 2 1 0 0 0 1 0
1302 社会福祉施設
1303 その他衛生 1 0 0 0 1 0 0
1401 旅館業
1402 飲食店 2 0 1 0 1 0 0
1403 その他の接客 3 0 1 0 2 0 0
1500 清掃・と畜業 2 0 0 2 0 0 0
1700 その他の事業 119 9 17 26 28 24 15
687 64 140 207 128 93 55

専門業務型のみを導入している事業場は、「教育・研究業」(139) 「その他の事業」(119) で多い。

企画業務型・専門業務型の両方の裁量労働制がある事業場

最後に、企画業務型と専門業務型の両方のタイプを導入している事業場の数。

コード 業種 300人超 101-300人 31-100人 10-30人 5-9人 1-4人
0101 食料…印刷 5 2 2 1 0 0 0
0108 化学…機械 66 36 21 7 2 0 0
0116 電気ガス水道
0117 その他の製造 4 2 0 1 1 0 0
0200 鉱業
0300 建設業 5 2 0 3 0 0 0
0401 鉄道水運航空
0402 道路旅客運送
0403 道路貨物運送
0500 貨物取扱業
0801 卸売業 14 5 5 4 0 0 0
0802 小売業 6 2 0 3 1 0 0
0803 理美容業
0804 その他の商業 3 0 0 3 0 0 0
0900 金融、広告業 9 1 4 3 0 0 1
1000 映画・演劇業 4 0 3 1 0 0 0
1100 通信業 2 0 0 2 0 0 0
1200 教育・研究業 55 25 20 7 3 0 0
1301 医療保健業 2 2 0 0 0 0 0
1302 社会福祉施設
1303 その他衛生
1401 旅館業
1402 飲食店 1 0 0 1 0 0 0
1403 その他の接客
1500 清掃・と畜業
1700 その他の事業 57 23 19 11 4 0 0
233 100 74 47 11 0 1

企画業務型・専門業務型の両方の裁量労働制を導入している事業場は、「化学、窯業、鉄鋼、非鉄金属、一般機械、電気機械、輸送用機械」(66) 「その他の事業」(57) 「教育・研究業」(55) で多い。

まとめ

以上の結果から、2013年度「労働時間等総合実態調査」のデータは、業種と事業場規模によって設定した層別に一定数ずつを調査する、というかたちにはなっていなかったことがわかる。資料が黒塗りになっているので、各労働局 (および各労働基準監督署、各監督官) にどのような指示が届いていたかは明確ではないが、2005年度調査と同様の指示内容であったとすれば、現場でその指示を無視した標本抽出がおこなわれていたものと考えるべきである。

もうひとつの問題は、裁量労働制導入事業場を優先的に選定したことの影響である。特に、「金融、広告業」における企画業務型裁量労働制を導入している事業場については、2005年度調査の標本設計では122事業場を対象とすることになっていたが、2013年度ではその2倍かそれ以上に増えている。結果として、この業種で裁量労働制を持たない事業場は212しか調査できていないのだが、それは意図した設計だったのだろうか。

そして、はたしてこの調査の対象は無作為に選ばれていただろうか、という疑問がのこる。この調査を実施するための通達では、つぎのような指示がある。

6 実施にあたって留意すべき事項
(1) 本調査的監督は、臨検監督により実施すること。また、労働基準法等関係法令違反等が認められた場合は、所要の措置を講ずること。
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厚生労働省 労働基準局長 (2013-03-08)「労働時間に関する調査的監督について」(基発0308第1号)

https://www.minshin.or.jp/download/37459.pdf

事業場に調査に行って問題を見つけてしまったら、指導しないといけないわけである。監督官の立場になってみれば、経験的に問題のすくなそうな事業場を調査対象に選びたくなるのが人情というもの。実際そういうことがどれくらい起こっていたかはわからないのだけれど、調査の性格上、調査対象を恣意的に選択するインセンティブがはたらいてしまうことがきちんと考慮されていただろうか。すくなくとも、標本設計にしたがった調査対象の抽出がなされているかどうかは、その時点できちんと把握するべきだったはずだ。しかし、実際には、調査全体の数が設計どおりのものになっていたかすら確認していなかった のである。

以上の推測が正しければ、労働時間等総合実態調査は、

  • 指定された事業場を調査しなくてもよい
  • 指定されていない事業場を調査してもよい

という調査だったことになる。この調査は、これまでに データ中に論理的に変な値が大量にあった ことが判明しており、その点でデータへの信頼が大きく損なわれている (論理的に変でない部分についても、データが正しいかどうかわからない)。これに加えて、どの事業場を調査するかという対象抽出の段階についても、データが大きくゆがんでいる可能性を考えなければならない。