前の記事 で「現在の『毎月勤労統計要覧』にも、同様の記述がある」と書いてしまった (訂正済) のだが、このときは2019年版 (=2018年調査を解説したもの) までしかみていなかった。その後、2020年版と2021年版 (=今年5月に出た最新版) を確認した結果、さらにとんでもないことが判明。2020年版以降は内容が変わり、「集計規模区分を変更」との記述がなくなっていた のである。
『毎月勤労統計要覧』2019-2021年版の変更点
まず、2019年版 (令和元年版) の記述を確認しておこう。前回記事では「調査事業所の常用労働者数が変動した……」の部分 (箇条書きの「イ」項) しか載せなかったのだが、今回は前後をふくめて引用する。また、箇条書き部分 (ア、イ、ウ) の字下げは再現していない (以下同様)。
(3) 母集団労働者数の補正
全国調査においては、事業所の新設・廃止等に伴う労働者数の増減を推計労働者数に反映させるため、次により、毎月、母集団労働者数の補正を行っている。
ア 全国調査の対象範囲である5人以上事業所の新設、廃止、5人未満からの規模上昇及び5人未満への規模下降に伴う労働者数の変動分を、雇用保険事業所データにより、産業、規模別に推計する。
イ 調査事業所の常用労働者数が変動したことにより、対象範囲の中で規模変更があった場合には、その都度、集計規模区分を変更 し、その調査事業所の規模変更に伴う規模別労働者数の変動区分を推計する。
ウ ア、イで推計した産業、規模別労働者数の変動分を、前月分調査による本月末推計労働者数に加えたものを(又は減じたものを)、今月分調査の集計で使用する母集団労働者数とする。
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厚生労働省 (2020)『毎月勤労統計要覧』(2019年版) 労務行政. ISBN:9784845204328
〔p. 289から引用。強調は引用時に付加したもの〕
ちなみに、厚生労働省サイトに現在載っている説明も、これとおなじ (ただし文末の「する」を「します」に置き換えた文章) である。
(3) 母集団労働者数の補正
全国調査においては、事業所の新設・廃止等に伴う労働者数の増減を推計労働者数に反映させるため、次により、毎月、母集団労働者数の補正を行っています。
ア 全国調査の対象範囲である5人以上事業所の新設、廃止、5人未満からの規模上昇及び5人未満への規模下降に伴う労働者数の変動分を、雇用保険事業所データにより、産業、規模別に推計します。
イ 調査事業所の常用労働者数が変動したことにより、対象範囲の中で規模変更があった場合には、その都度、集計規模区分を変更し、その調査事業所の規模変更に伴う規模別労働者数の変動区分を推計します。
ウ ア、イで推計した産業、規模別労働者数の変動分を、前月分調査による本月末推計労働者数に加えたものを(又は減じたものを)、今月分調査の集計で使用する母集団労働者数とします。
https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/30-1c.html
―――――
厚生労働省 (n.d.)「毎月勤労統計調査 (全国調査・地方調査):調査の結果:集計・推計方法」 (2022-08-06 閲覧)
これが、2020年版 (令和2年版)『毎月勤労統計要覧』では、つぎのように変化している (変化部分を 強調 して示す)。
(3) 母集団労働者数の補正
全国調査においては、事業所の新設・廃止等に伴う労働者数の増減を推計労働者数に反映させるため、次により、毎月、母集団労働者数の補正を行っている。
ア 全国調査の対象範囲である5人以上事業所の新設、廃止、5人未満からの規模 の拡大 及び5人未満への規模 の縮小 に伴う労働者数の変動分を、雇用保険事業所データにより、産業、規模別に推計する。
イ 調査 対象 事業所の常用労働者数が変動した 場合、一定の基準に従い当該調査対象事業所の規模区分の変化の有無を判断し、規模区分が変化した調査対象事業所の労働者数に基づき、規模別労働者数の変動分 を推計する。
ウ ア、イで推計した産業、規模別労働者数の変動分を、前月分調査による本月末推計労働者数に 加味したものを 今月分調査の集計で使用する母集団労働者数とする。
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厚生労働省 (2021)『毎月勤労統計要覧』(2020年版) 労務行政. ISBN:9784845214334
〔pp. 289-290から引用。強調は引用時に付加したもの〕
変更箇所を並べてみると、つぎのとおり。
- 「ア」項目中、「規模上昇」→「規模の拡大」
- 「ア」項目中、「規模下降」→「規模の縮小」
- 「イ」項目中、「調査事業所」→「調査対象事業所」
- 「イ」項目中、常用労働者数の変動による事業所規模の変化に言及した部分 (次節参照)
- 「ウ」項目中、「加えたものを (又は減じたものを)」→「加味したものを」
「上昇」「下降」を「拡大」「縮小」に変えたり、「調査事業所」に「対象」を挿入したり、「加えたものを (又は減じたものを)」というややこしい表現を「加味したものを」に置き換えたり、というのは、ことばづかいをあらためただけであって、意味としては変更ないのかもしれない (あるのかもしれないので油断してはならないが)。
これらに対して、4番目の、労働者数が変わった事業所をどうあつかうかという記述の変更は、実際のデータ処理が変わったことを示している。詳細は 次節 で論じることにしよう。
今年5月刊行の2021年版 (令和3年版) では、つぎのようになっている (2020年版からの変化部分を 強調 して示す)。
(3) 母集団労働者数の補正
全国調査においては、事業所の新設・廃止等に伴う労働者数の増減を推計労働者数に反映させるため、次により、毎月、母集団労働者数の補正を行っている。
ア 全国調査の対象範囲である5人以上事業所の新設、廃止、5人未満からの規模の拡大及び5人未満への規模の縮小に伴う労働者数の変動分を、雇用保険事業所データにより、産業、規模別に推計する。
イ 調査対象事業所の常用労働者数が変動した場合、一定の基準に従い当該調査対象事業所の規模区分の変化の有無を判断し、規模区分が変化した調査対象事業所の労働者数に基づき、規模別労働者数の変動分を推計する。
ウ ア、イで推計した産業、規模別労働者数の変動分を、前月分調査による本月末推計労働者数に加味したものを 本 月分調査の集計で使用する母集団労働者数とする。
―――――
厚生労働省 (2022)『毎月勤労統計要覧』(2021年版) 労務行政. ISBN:9784845224111
〔pp. 289-290から引用。強調は引用時に付加したもの〕
ここでの変更点は、「ウ」項で、従来「今月分調査」と書いていた部分を「本月分調査」としたことだけである。これはおそらく、推計方法の実質的な変化を示すものではないだろう。
「集計規模区分を変更」しなくなったことについて
上でみたように、『毎月勤労統計要覧』2019年版と2020年版との間で、記述が大きく変わったことがわかる。特に、「イ」項の「常用労働者数が変動した」事業所のあつかいに関する変更点が重要である。
- 2019年版
- 常用労働者数が変動したことにより、対象範囲の中で規模変更があった場合には、その都度、集計規模区分を変更し、その調査事業所の規模変更に伴う規模別労働者数の変動区分を推計する
- 2020年版および2021年版
- 常用労働者数が変動した場合、一定の基準に従い当該調査対象事業所の規模区分の変化の有無を判断し、規模区分が変化した調査対象事業所の労働者数に基づき、規模別労働者数の変動分を推計する
前者 (2019年版) の解説は、前回記事 で論じたように、「毎月勤労統計調査」に関する過去の解説記事の内容もあわせ、
- 調査対象事業所の労働者数が変動した場合は、集計の時に使う規模区分を変更する
ことを示しているものと読める。この時点までは、労働者数の変動にあわせて事業所の所属する層を変更して集計していた ものとみることができる。
これに対して、後者 (2020年版以降) では、「集計」「変更」という語がなくなり、それにかわって「規模区分」の「変化」という表現に置き換えられている。この置き換えが何を意味するかは、『毎月勤労統計要覧』を読んだだけではよくわからない。しかし、前回記事 で検討したように、第5回「毎月勤労統計調査の改善に関するワーキンググループ」資料2 (母集団労働者数の推計について) における「集計に用いる事業所規模の層については、原則として変更しない」という記述とあわせれば、意味するところは明瞭であろう。
2020年版『毎月勤労統計要覧』が解説対象としているのは、2019年の毎月勤労統計調査である。つまり、2018年までの調査では労働者数の変動にあわせて所属層を変更して集計していたのに対し、 2019年からは、原則として調査開始時の所属層のまま固定しておく方式に移行した ということになる。
母集団労働者数推計方式変更のまとめ
毎月勤労統計調査では、昨年12月29日の記事 で書いたように、2018年1月から集計や母集団労働者数推計に用いるウエイトを変更し、集計時点の所属層による抽出率逆数を用いて計算するようになったことがすでにわかっている。それまでは、層間移動事業所の労働者数を母集団労働者数推計に反映させるにあたっては、サンプリング時の抽出率の逆数を使っていたものとみられる。
そのうえで、2019年からは、今回あきらかになった変更が加わった。その結果、調査開始時に設定された層からの流出だけが規模区分の変化として認定されるようになってしまった。これは、実際の事業所の労働者数にかかわらず原則固定とした「集計に用いる層」を、層間移動の判定条件のキーとしているからだ。これは 前回記事 で指摘したとおりである。
これらのことを総合すると、事業所の労働者数が規模区分間の境界 (多少の余裕をもたせた範囲に設定されている) をこえて変化した場合に、その事業所の労働者数の変化を母集団労働者数推計に反映させる方法は、つぎのように変遷してきたことになる。
- 2017年まで (従来の集計値)
- サンプリング時の抽出率の逆数をウエイトとして、層間移動した事業所の労働者数を母集団労働者数推計に反映
- 2018年
- 移動元の所属層に設定された抽出率の逆数をウエイトとして、層間移動した事業所の労働者数を母集団労働者数推計に反映
- 2019年以降
- 調査開始時所属層からの移動である場合に限り、移動元所属層に設定された抽出率の逆数をウエイトとして、当該事業所の労働者数を母集団労働者数推計に反映 *1
注
*1: ただし規模区分2段階以上の変化があった場合は原則をはずれたあつかいとなる。この点は、毎月勤労統計調査の改善に関するワーキンググループ第5回会議資料2「母集団労働者数の推計について」 p. 6 参照。