remcat: 研究資料集

(TANAKA Sigeto)

厚生労働省からの回答 PART IV

前回までのあらすじ

毎月勤労統計調査に関して、昨年8月8日 以降、厚生労働省とやりとりをつづけている。前回 (今年7月20日) には、調査対象事業所の労働者数が規模区分をこえて増減した場合のあつかいに関して、「少なくとも平成20年頃から集計に用いる事業所規模の層は原則として変更せず、労働者数が大きく変化する場合に事業所規模の層を変更する取り扱いとしていることが分かりました」との説明 を受け取り、それに対してこちらからつぎのような返信を送っていた (前後省略)。

少なくとも平成20年頃から集計に用いる事業所規模の層は原則として変更しない方式だったとしますと、
『毎月勤労統計要覧』等の記述は事実と異なっていたということになるのだと思いますが、
訂正は出されるのでしょうか?
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厚生労働省への電子メール (2023-07-23)

https://remcat.hatenadiary.jp/entry/20230910/answer3

回答

これに対して、一昨日 (9月21日) にきた返事がこちら。

東北大学 田中様

いつもお世話になっております。厚生労働省統計企画調整室でございます。

追加でいただきました御質問につきまして、以下のとおりご回答させていただきます。

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『毎月勤労統計要覧』等の記載について、毎月勤労統計調査年報において、令和元年
より記載を変更しておりますがこれは記載を適正化したものです。訂正等を出す予定
はありませんが、経緯等についてはワーキンググループで御説明したとおりであり、
当ワーキンググループの報告書(案)にもその旨を記載しております。
御指摘ありがとうございました。
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どうぞよろしくお願いいたします。
〔以下、過去メールの引用を省略〕
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厚生労働省からの電子メール (2023-09-21)

評価

ウソを禁止する規範がないことについて

返信内容から、「訂正等を出す予定はありません」ということであり、報告書に正確な内容を書かなければならないという意識はない ことがわかる。

前回の記事で確認したように、『毎月勤労統計調査年報』やそれを市販本化した『毎月勤労統計要覧』、あるいは厚生労働省ウエブサイト などにおいてはずっとちがう説明をしてきたわけである。

2022年7月22日の第5回ワーキンググループ会議で、驚愕の事実が判明している。毎月勤労統計調査では、調査対象事業所の規模が変化しても所属する層を変更しない原則で集計している、という説明がはじめて出てきたのである。それまでは「規模変更があった場合には、その都度、集計規模区分を変更」と説明してきたのだから、要するにウソをついてきたということである。
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田中重人 (2023-09-17) 「第8回「毎月勤労統計調査の改善に関するワーキンググループ」資料解釈」

https://remcat.hatenadiary.jp/entry/20230917/wg8

実際におこなっている集計方法とはちがうことを報告書に書いていたというのは、あってはならないことのはずである。実際に過去の報告書にウソが書いてあったということであれば、その事実をきちんと認めて訂正する手順を踏まなければならないのであるが、そういうことをする気はないらしい。

これは、日本の公的統計にはずっと付きまとってきた問題である。毎月勤労統計調査の東京都不正抽出があきらかになったあとの専門家たちの反応は、この問題の深刻さを裏付けるものであった。

毎月勤労統計調査は、この四半世紀以上の間、改ざんした数値を使って調査の精度を偽装し、実態よりも価値の高い調査であるかのように見せかけてきたのです。

 問題が発覚した後、厚生労働省の特別監察委員会が調査をおこないました。その結果が〔2019年〕1月22日に報告されたのですが、その内容は耳を疑うものでした。監察委員会は、上記のような問題を基本的には事実として認めながら、それらは「改ざん」ではないと結論付けたのです (〔特別監察委員会報告書の〕27ページ)。つまり、調査対象の数を実際より大きく見せかけることも、標本誤差を実際よりも小さく見せかけることも、改ざんではないというのです。この委員会には経済学者などの学識経験者も入っていました。そういうメンバーのいる委員会から、調査の規模を過大に報告したり誤差が過小に出るように数値を加工したりするのは「改ざん」にあたらない、との見解が出てきたのは衝撃的です。

 調査対象の数や推定値の誤差率といった数値は、調査の精度を知るための基礎的な指標です。こうした数値を改ざんしてもかまわないという意識が政府にも学術界にも蔓延しているとしたら、今回の不祥事は起こるべくして起こったことといえます。そしてまた、毎月勤労統計調査にかぎらず、政府統計や科学研究の成果とされる知見の多くはデータ改ざんの結果導き出された恣意的なものではないのかという疑いを、私たちは持たざるをえないのです。
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田中 重人 「「毎月勤労統計調査」は90年代以前から改ざんされていた?: データ改ざんに甘い社会」『Wezzy』2019.02.07 16:05

https://wezz-y.com/archives/63479/3

ここまでデータ改ざんに甘い社会にあって、統計の信頼性だけを云々するのは、すごく滑稽なことです。どんな調査をしたかについては嘘をついてもいいといっておきながら、調査の結果として報告される平均給与などについてだけは、「正しい数値」を報告しろというのですから。
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田中 重人 (2019-02-08) 「データ改ざんに甘い社会で統計の信頼性を云々することの無意味さについて」

https://remcat.hatenadiary.jp/entry/20190208/wezzy

この5年間繰り返し確認してきたことであるが、日本の公的統計の作成者は、統計の作成プロセスについて真実を報告する義務を負っていない。 したがって、報告書にウソを書いてもかまわない。それがバレたからといって制裁を受けることもないし、過去の報告書を訂正する義務もない。すくなくとも担当者はそのように理解しているのである。

ワーキンググループ報告書案について

もうひとつ問題なのは、(こまかい話であるが) 上記の回答メールにあったつぎの部分である。

経緯等についてはワーキンググループで御説明したとおりであり、
当ワーキンググループの報告書(案)にもその旨を記載しております。

「当ワーキンググループの報告書(案)」というのは、昨日 (9月22日) の第9回「毎月勤労統計調査の改善に関するワーキンググループ」会議 で提示された資料 であるが、この資料には、問題の「集計に用いる事業所規模の層は原則として変更しない方式」導入の経緯は記載されていない。資料40頁には、1990年 (平成2年) には「規模変更があった場合には,その都度,集計規模区分を変更」としていたものが、現在では「層の変更は原則として行わない」ことになっているという図 (参考図表(3)-3 と(3)-4) があるのだが、その変更がいつおこなわれたかの説明はない。


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厚生労働省 (2023-09-22) 「毎月勤労統計調査の改善に関するワーキンググループ報告書(案)」(第9回毎月勤労統計調査の改善に関するワーキンググループ資料 https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_35053.html)
p. 40
〔赤図形は引用時に付加したもの〕

https://www.mhlw.go.jp/content/10700000/001148335.pdf

資料の本文 (33頁) には「労働者数が大きく変化する場合に事業所規模の層を変更する取扱いは、少なくとも平成20年頃から行っている」という記述はあるのだが、これでは、変化が大きい場合の例外的取り扱いが平成20 (2008) 年ごろに始まったかのように読めてしまう。事業所規模の層を原則として「変更しない」という取扱いを、少なくとも平成20年頃から行っている、という風には読めないのである。

7月21日の第8回会議の議事録にもつぎのような記録があるが、これもやはり変化が大きい場合の例外的取り扱いについての説明にしか見えない。

○角井統計管理官
〔……〕
この労働者数が大きく変化する場合に事業所規模の層を変更する方法について調べたところ、少なくとも平成20年ぐらいから行っているようでした。
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厚生労働省「毎月勤労統計調査の改善に関するワーキンググループ」第8回会議 (2023-07-21) 議事録

https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_35117.html

これが大問題であるのは、この「層の変更は原則として行わない」というのはまちがった計算方法 であり、これが導入されて以降の推計母集団労働者数はすべてでたらめな値になっているからである。

需要の季節変動が大きい事業では、忙期に人手を増やし、閑期には減らすことがよくある。そうした理由で毎年おなじような労働者数変動を示す事業所の場合、増加か減少のどちらか一方だけが毎年母集団労働者数推計に反映し、他方はまったく反映しないことになってしまう。どちらが反映するかは、調査開始時点が忙期であるか閑期であるかによるだろう。調査開始はふつう1月 (第二種事業所の一部は7月) だから、それが忙期にあたる産業では小規模事業所が過大に、閑散期にあたる産業では大規模事業所が過大にカウントされる。
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田中重人 (2022-07-24) 「第5回「毎月勤労統計調査の改善に関するワーキンググループ」資料2の解釈」

https://remcat.hatenadiary.jp/entry/20220724/wg5

当然、この数値をもとにしたウエイト (推計比率) によって計算される平均賃金等の値も、でたらめな値である。したがって、この層間移動事業所のあつかいの原則変更がいつおこなわれたかは、毎月勤労統計調査のデータを利用するときの非常に重要な情報なのである。