remcat: 研究資料集

(TANAKA Sigeto)

ヤミ統計の研究

採択されました。 [2024-03-09 加筆]

KAKENHI research plan (2024-2026)
科学研究費補助金 (基盤研究(C)) 2024-2026年度

小区分: 社会学関連
研究代表者: 田中 重人
状況: 書類作成中

※ 現在作成中の研究計画です。今後修正する可能性があります。

1. 研究目的、研究方法など

概要

日本の公的統計は、統計法に基づき、総務大臣と統計委員会が統括する建前になっている。しかし、実際には、このような規定の枠外で作成される公的統計が多数存在することが知られている。そのような統計のことを「ヤミ統計」と呼ぶ。

本研究では、まず、ヤミ統計の実態とその影響を探求する。これまでヤミ統計についての包括的な研究はおこなわれておらず、その実態は不明であった。本研究では、政府の公表資料からヤミ統計の事例を収集し、どのようなヤミ統計がどれくらい存在し、日本政府の政策等にどのような影響をどの程度あたえてきたかを明らかにする。

もうひとつの研究目的は、ヤミ統計の評価の基準を確立することである。「ヤミ統計」という名称はそれ自体、質の低さや政策立案における恣意的利用、安易な調査を乱発することによる対象者の負担増大といったマイナス面に注目して作られている。しかしその一方、ヤミ統計には、統計法の厳格な手続きを免れているので機動性が高いとか、学術研究に流用されて事後検証を受けることが容易であるとかのプラス面も想定できる。本研究では、このようなプラス面もふくめ、ヤミ統計の功罪をどのように評価するかの基準について考察する。

そして、これらを統合して、現代的な環境に適合した公的統計システムについての提言をおこなう。専門家を擁する中央統計機構が公的機関の作成する統計全般を制御するという現在の公的統計の発想は、統計法 (1947年) と統計報告調整法 (1952年) の立案過程で確立したもの (森博美『統計法規と統計体系』法政大学出版局、1991) であり、現在も基本的におなじ発想にしたがって公的統計体制が運営されている (松井博『公的統計の体系と見方』日本評論社、2008)。しかしその一方で、時代の変化と技術的環境の変化、統計に対するニーズの変化などによって従来の体制では現代的な環境にそぐわなくなっている部分があり、今後変動を余儀なくされる可能性が高い。古い制度の規制をかいくぐって統計法の制約を受けないかたちで作成されるヤミ統計のなかには、このような変動を先取りした部分がふくまれている可能性がある。具体的なヤミ統計事例を検討することにより、現在の公的統計制度の問題点を考察し、現代的な環境に適合的な公的統計制度のありかたを提言することが、本研究の最終的な目標である。

本文

(1) 学術的背景と問いの設定

日本の公的統計(政府、地方公共団体その他の公的機関が作成する統計)は、その一部については、統計法(1947年制定、2007年全部改正)に基づき、総務大臣(実質的には、統計制度担当の総務省政策統括官)および専門家による第三者機関である統計委員会が、その計画を事前に審査・承認する仕組みになっている。この審査・承認の対象となるのは、公的統計のなかでも特に重要なものとして総務大臣が指定する「基幹統計」と、一定の条件を満たす「一般統計調査」によって作成される統計である。

これらに該当しない公的統計は、総務大臣・統計委員会の管理システムの外で作成されることになる。これらが「ヤミ統計」と呼ばれるものであり、つぎのように大別できる。

  • A: 既存の統計を加工して作る2次的統計 (加工統計)
  • B: 自組織内部の調査だけで作成する統計
  • C: 統計法以外の法的根拠に基づく調査による統計
  • D: 事実の調査を主目的としない、意識調査・世論調査等による統計
  • E: 他の組織に委託した研究活動の結果として作成される統計

たとえば、国立社会保障・人口問題研究所が毎年公表する出生・死亡に関する諸指標は A に、新型コロナウイルス感染症の感染者数等の統計 (感染症法に基づく) は C に、内閣府が男女共同参画に関しておこなう意識調査は D に、独立行政法人の研究機関が省庁からの委託でおこなった研究報告書に記載される調査結果は E に該当する。

「ヤミ統計」が言及される場合、その呼称から示唆されるように、事前のチェックを受けないことによる統計の質の低さや、各省庁がこれらの統計を政策立案にあたって恣意的に使用してきたこと、大量の調査が安易におこなわれることによる調査対象者の負担の増大といったマイナス面が強調されることが多い (経済団体連合会「わが国官庁統計の課題と今後の進むべき方向」1999年3月16日; 松本健太郎『データから真実を読み解くスキル』日経BP、2021)。しかし、ヤミ統計には、統計法の厳格な手続きを免れていることによる機動性の高さや、学術研究に流用しやすいことからくる事後的検証の容易さなどのプラス面も想定することができる。このように功罪両面からとらえることのできるヤミ統計であるが、包括的な研究はおこなわれておらず、どのような統計がどれくらいあり、日本政府の政策等にどの程度どのように影響しているかといった点は明らかでない。

(2) 学術的独自性と創造性

統計の質を評価するのに従来重視されてきたのは、「真実性」と「重複除去」という基準である。1947年の統計法は、「統計の真実性を確保」し「統計調査の重複を除」くことを目的とした (第1条)。この目的を達成するため、統計調査への回答義務や虚偽回答への罰則が規定され、また収集した情報の目的外使用の禁止や秘密の保護などの規定が設けられた。これらは統計委員会が特に重要な統計として指定した「指定統計」(現在の基幹統計に相当する) に適用される。指定統計以外の統計調査についても、1952年に成立した統計報告調整法によって「承認統計」の制度がはじまり、政府機関がおこなうほとんどすべての統計調査について、計画を事前に提出して、既存の統計との大きな重複がないか、統計理論的に不合理でないかのチェックを受ける仕組みになった。現在の制度でも、用語法や適用範囲が違うものの、基本的におなじ制度が存続している。

公的統計制度において「真実性」の確保が重視されてきたのは、統計の公表数値がそのまま種々の政策の基礎数値となることに関連する。たとえば選挙の区割りや市制施行の際の基準として使われる「法定人口」は国勢調査に基づいて定められるものであり、調査結果が公表された段階で、人口に関する公的な「事実」としてあつかわれる。このような性格の数字である以上、それを真実の人口とみなして問題ないことの保証が必要であり、そのために統計作成計画を提出して事前に審査を受けることになっている。

もう一方の、重複を除去するという観点は、調査対象の負担を軽減することと、その結果として正確な回答をしてもらえる可能性を高める効果を見込んだものであった。

これらに対し、調査実施過程や集計方法などの詳細を公表して批判を受けることは、公的統計においては必ずしも重視されてこなかった。特に基幹統計以外の統計については、作成過程の情報が詳しく公表されないことが多く、事後的にその内容が批判されるようなことはほとんどない。

このような体制は、20世紀半ばの状況では合理性を備えていたのかもしれない。しかし、今日の状況は大きく変わっている。特に重要なのは、統計に対するニーズが変化し、意思決定を支援するための科学的なエビデンスの源泉 (evidence resource) としての役割を果たすことが求められるようになってきたという点である。この場合、エビデンスとなるのは、統計の公表数値そのものではない。答えを出すべき問いを絞り込んだうえで、統計データを分析した結果に基づいて答えを出し、それを批判的に吟味することによってはじめて意思決定のためのエビデンスがえられる。このような発想はしばしば evidence-based と形容される (D. L. Sackett ほか『根拠に基づく医療』オーシーシー・ジャパン、1999)。そこでは、統計分析から導かれる結果は、直ちに「真実」とみなせるようなものではない。結果が公表されたあとで批判的吟味がおこなわれることが重要であり、その結果次第で評価は変わる。また異なる立場の研究機関や研究者が同様の手続きによっておこなった同様の結果が多数重なることによって、よりよいエビデンスがえられると考える。このような観点が、「真実性」「重複除去」を重視する公的統計制度と矛盾するのは明らかであろう。

Evidence-based の発想に対応するには、科学的研究のデータ収集・公開手続きに近づける必要があり、そのためには統計法が適用されないヤミ統計のほうが有利になる可能性がある。一方で、従来考えられてきたのは、事前の審査を受けるための手間や時間を節約したいとか、自組織に都合のよい結果を出すために統計を操作したいとかいう理由でヤミ統計が作られるケースである。このように、ヤミ統計の中にもさまざまな性格のものがあるということが予測される。まずは実証的な研究によって実態をつかみ、そのうえで類別して検討をおこなっていくべき状況である。

(3) 着想に至った経緯、国内外の研究動向と本研究の位置づけ

この数年の間に公的統計に関する不祥事が相次いで起こった (労働時間等総合実態調査、毎月勤労統計調査、賃金構造基本統計調査など) が、それらの顛末は、科学的な研究と公的統計制度との間に、基本的な発想に関して大きな乖離があることを示唆するものであった。これらの不祥事では、調査報告書に事実と異なる記載がなされていても、大きな問題とはみなされず、厳しい処分はおこなわれなかったのである。科学者の研究報告であれば、データ取得プロセスについて虚偽を記載するのは特定不正行為 (捏造あるいは改竄) にあたり、所属組織において厳しい処分が下されることを覚悟しなければならない (文部科学省「研究活動における不正行為への対応等に関するガイドライン」2014年8月26日)。しかし、政府が統計を作成する際のルールは、そのようにはなっていない。統計法第60条には統計の真実性の侵害に対する罰則が規定されているものの、この規定は、調査のプロセスについての虚偽記載には適用されないのである (毎月勤労統計調査等に関する特別監察委員会「毎月勤労統計調査を巡る不適切な取扱いに係る事実関係とその評価等に関する報告書」2019年1月22日)。

一方で、ヤミ統計のなかには、中央統計機構によるチェック以外の方法で信頼性を高める工夫がなされているものもある。たとえば国立社会保障・人口問題研究所が出生・死亡に関連する加工統計指標を毎年公表しているが、これは研究員個人の名前で、同研究所が発行する『人口問題研究』に掲載される。このような出版物は学術論文と同等のものと考えられるから、もし捏造や改竄が認められたときは、特定不正行為として扱われるであろう。このようなケースでは、学術倫理の基準を流用することにより、統計への信頼性を確保しているものと考えることができる。また、東京大学社会科学研究所が整備する社会調査のデータアーカイブSSJDA (https://csrda.iss.u-tokyo.ac.jp) には、内閣府・経済産業省・農林水産省等がミクロデータを寄託している。SSJDAの登録データは、統計法に基づくミクロデータ使用 (第33-36条) にくらべて簡便な手続きで研究者が利用できるので、データの不審な点や調査方法の問題などが事後的に洗い出される確率の高まることが期待できる。

このようなデータ公表方法は、通常の科学的な研究手続きに近いかたちで公的統計をあつかうものであり、evidence-based の考えかたに適合的なものといえる。その一方で、上記の労働時間等総合実態調査のように、そもそも調査に関する情報がほとんど公開されず (田中重人「厚生労働省「労働時間等総合実態調査」に関する文献調査」『東北大学文学研究科研究年報』68: 68-30、2019)、事後的な検証がむずかしかったヤミ統計も存在する。いずれの場合も、公的統計のあつかいとしては非主流的なものであるため、これまで研究の対象になってこなかった。

(4) 本研究で何をどのように、どこまで明らかにしようとするのか

基幹統計と一般統計調査 (2007年以前は指定統計と承認統計) は簡単に情報を収集できるが、ヤミ統計のリストは存在しないので、各省庁の発行する白書、関連団体の報告書、委員会・審議会等の資料、国会の会議録などから統計が使用されている例を抽出する必要がある。戦後の全期間にわたってこの作業を遂行するのは本研究の規模では不可能であるため、特定の年次をサンプリングしてその年次の事例を収集する。

収集したヤミ統計の事例について、それがどういう性質のものか、また政府の政策にどのような影響をあたえたかを記述したデータベースを作成する。その上で、これらのヤミ統計がどのようなプラス面とマイナス面を持つかを分析し、評価のための基準を考案するとともに、現代的な環境に適合した公的統計システムについての提言をおこなう。

(5) 準備状況

次項で述べるように、2018年に問題が発覚した厚生労働省「労働時間等総合実態調査」(ヤミ統計) 「毎月勤労統計調査」(基幹統計) についての資料収集と分析をすでにおこなってきており、またそれに関連して、日本の公的統計制度の歴史や、近年の「根拠に基づく政策立案」(evidence-based policy making) の潮流についても文献を収集している。本研究課題が採択されれば直ちに本格的な資料収集を開始できる状態にある。

2. 応募者の研究遂行能力及び研究環境

(1) これまでの研究活動

申請者は、現代日本における女性の労働や家族形成、それにともなう経済的な男女格差の実態について、社会調査とその統計的分析による研究をおこなってきた。有志の社会学者による「社会階層と社会移動」(SSM) 全国調査プロジェクト (1995年、2005年) および日本家族社会学会による「全国家族調査」(NFRJ) プロジェクト (1999, 2004, 2009-2013, 2019) に参加し、全国規模での社会調査 (層化2段無作為抽出標本に対する訪問/留置調査) をおこなってきた。SSMプロジェクトにおいては調査対象者自宅を訪問しての面接を、NFRJプロジェクトにおいてはサンプリングおよび調査実施をおこなった。それらの経験を通じて、日本社会における社会調査の実施上の注意事項を熟知している。

NFRJプロジェクトでの活動については以下の文献を参照:

また、日本社会学会データベース委員会委員を2001-2012年につとめた経験などから、文献資料とそのメタデータの編集や検索の方法についてくわしい。

2018年から2019年に厚生労働省「労働時間等総合実態調査」(ヤミ統計) や「毎月勤労統計調査」(基幹統計) における問題が国会でとりあげられた際にも、これらの調査の過去の資料を渉猟し、それまで明らかになっていなかった過去の調査の問題点・疑問点をまとめた論文を出版した。

  • 田中重人 (2019)「厚生労働省「労働時間等総合実態調査」に関する文献調査: 「前例」はいつ始まったのか」『東北大学文学研究科研究年報』68: 68-30. http://hdl.handle.net/10097/00125161
  • Tanaka S. (2019) Monthly Labour Survey misconduct since at least the 1990s: falsified statistics in Japan. SocArXiv (preprint). http://doi.org/10.31235/osf.io/2bf3z
  • 田中重人 (2020)「毎月勤労統計調査の諸問題」『東北大学文学研究科研究年報』69: 210-168. http://hdl.handle.net/10097/00127285
  • 田中重人 (2022)「毎月勤労統計調査問題における政府と専門家:データに基づく批判の不在」社会政策学会第144回大会 http://hdl.handle.net/10097/00135038

2020年以降の新型コロナウイルス感染症 (COVID-19) の流行にあたっては、感染症法に基づいて感染者やその接触者の調査がおこなわれ、その結果として感染者数や「クラスター」に関する数値が公表された。これもヤミ統計の一種といえるが、これらの数値についても、申請者は批判的な観点から検討をおこなっている。

  • Tanaka S. (2023) "Was Japan's cluster-based approach toward coronavirus disease (COVID-19) a fantasy?: Re-examining the clusters' data of January-March 2020". Research Square (preprint). http://doi.org/10.21203/rs.3.rs-2647575/v1
  • 田中重人 (2023)「日本のCOVID-19対応における多義語「クラスター」の用法 : 2020年の記録」『文化』86(3/4): 239-219. http://tsigeto.info/23a

このように、申請者はこれまでの研究経験によって、統計調査に関する資料を網羅的に収集し、その内容を照合しながら問題点を検討する訓練を積んできており、本研究課題を遂行する上でじゅうぶんな能力がある。

(2) 研究環境

申請者の所属する大学では、本研究課題を遂行する上で必要となる資料の多くを図書館に所蔵しており、その利点を活かして研究を進めることができる。

3. 人権の保護及び法令等の遵守への対応

本研究で収集する資料はすべて公刊された文書または電子データであり、個人情報や生命倫理、安全に関する問題は生じない。


履歴

2023-09-05
記事公開。
2024-03-09
採択されたのでその旨追記。