remcat: 研究資料集

(TANAKA Sigeto)

毎月勤労統計調査、2024年1月のベンチマーク更新で空前の大断層を記録

毎月勤労統計調査の 2024年1月分確報 が4月8日に発表された。この確報で、2021年6月時点での事業所全数調査 (経済センサス-活動調査) に基づいたベンチマーク更新がおこなわれたのだが、その結果をみると、かつて見たことがないレベルで、労働者数と平均給与が動いている。労働者数が4.6%の減少、きまって支給する給与平均値が2.5%の増加 (厚生労働省試算) である。

毎月勤労統計調査の労働者数推計のダメさ加減 (やりかたが統計学的に間違っており、実際にセンサスの労働者数と大きくずれるうえ、計算方法の細部がブラックボックスである) は当ブログでも指摘してきた。毎月勤労統計調査は、産業・事業所規模別に推計した労働者数でウエイト付けして集計する方式をとっている。これがセンサスの労働者数からずれているということは、そのずれを調整するベンチマーク更新 (およそ数年ごと) のたびに、賃金等を集計するウエイトが突然変わるということだ。だから断層が生じること自体は織り込み済みではあるのだが、それにしても今回の断層の大きさは予想を超えたものであった。

この記事では、毎月勤労統計調査2024年1月ベンチマーク更新で生じた断層について、それがどのように生じているかを概観する。

なお、毎月勤労統計調査における労働者数推計とその問題点については、つぎの論文を参照。

  • 田中 重人 (2020)「毎月勤労統計調査問題の諸問題」『東北大学文学研究科研究年報』69: 210-168. http://tsigeto.info/20a
  • 田中 重人 (2024)「統計コミュニティは統計不正にどう対応したか: 毎月勤労統計調査問題における政府・専門家・非専門家のはたらき」『東北大学文学研究科研究年報』73: 198-169. http://tsigeto.info/24a

「ベンチマーク」ということばの意味については、当ブログ2021年9月11日の記事 https://remcat.hatenadiary.jp/entry/20210911/gap#benchmark を参照。

2009年以降、つぎの5回のベンチマーク更新がおこなわれている:

  • 2009年1月: 平成18年「事業所・企業統計調査」(2006年10月現在) による
  • 2012年1月: 平成21年「経済センサス-基礎調査」(2009年7月現在) による
  • 2018年1月: 平成26年「経済センサス-基礎調査」(2014年7月現在) による
  • 2022年1月: 平成28年「経済センサス-活動調査」(2016年6月現在) による
  • 2024年1月: 令和3年「経済センサス-活動調査」(2021年6月現在) による

今回のベンチマーク更新結果については、次の検討がすでになされている:

データ

2024年1月確報に対応するデータはすでに「政府統計の総合窓口」(e-Stat) に搭載されている。それを使って、ベンチマーク更新で何が起こったかを再現できる。

「実数原表」の「月次」の2024年1月分から、「毎勤原表 (2024年1月確報)」と「毎勤原表 (2024年1月確報)・新サンプル・旧母集団結果」をダウンロードして使う。前者のファイルの労働者数はベンチマーク更新後のもの、後者の労働者はベンチマーク更新前のものなので、これらから情報を抽出して、ベンチマーク更新前後を比較する。

事業所規模区分別に結果を整理したのが表1である。5-29人規模事業所の労働者数が約360万人減少。30-99人規模事業所では約110万人増えている。差し引き約250万人が全体で減っており、これはベンチマーク更新前の労働者数 (約5300万人) の4.6%にあたる。

表1: 2024年1月ベンチマーク更新による労働者数変化

事業所規模 更新前 (a) 更新後 (b) 差 (b-a) 比 (b/a)
1000人以上 3,285,190 3,536,955 251,765 1.077
500-999人 3,717,689 3,269,371 -448,318 0.879
100-499人 10,686,622 10,979,133 292,511 1.027
30-99人 12,047,012 13,106,873 1,059,861 1.088
5-29人 23,180,971 19,567,517 -3,613,454 0.844
合計 52,917,484 50,459,849 -2,457,635 0.954

(e-Stat掲載の「実数原表」の「月次」の2024年1月分「毎勤原表 (2024年1月確報)」「毎勤原表 (2024年1月確報)・新サンプル・旧母集団結果」の「前調査期間末」の労働者数)

大昔のことは調べていないのだが、すくなくともこの15年間の毎月勤労統計調査では、ベンチマーク更新でここまで派手に労働者数が変動したことはない。断層が生じて大問題になった2018年のケースでさえ、5-29人規模事業所の労働者が190万人弱の減少、全体では110万人 (2.1%) 程度の減少であった (表2)。2009年以来ベンチマーク更新は5回 (2009年, 2012年, 2018年, 2022年, 2024年) おこなわれているのだが、今回をのぞけば、全体の労働者数が100万人前後、率にして2%強動く程度であり (これでも相当に大きいのだが)、200万人以上も労働者数が増減した例はない (表3)。

表2: 2018年1月ベンチマーク更新による労働者数変化 (従来の公表値)

事業所規模 更新前 (a) 更新後 (b) 差 (b-a) 比 (b/a)
1000人以上 3,252,250 3,267,932 15,682 1.005
500-999人 2,271,270 2,541,907 270,637 1.119
100-499人 10,040,943 10,201,217 160,274 1.016
30-99人 12,883,435 13,226,721 343,286 1.027
5-29人 22,268,603 20,406,521 -1,862,082 0.916
合計 50,716,501 49,644,298 -1,072,203 0.979

(e-Stat掲載の「【参考】従来の公表値」の「実数原表」の「月次」の2018年1月分「毎勤原表(2018年1月分確報)(従来の公表値)」「毎勤原表(2018年1月分確報・旧サンプル結果)(従来の公表値)」の「前調査期間末」の労働者数)

表3: 2009年以降のベンチマーク更新による労働者数変化

年月 更新前 (a) 更新後 (b) 差 (b-a) 比 (b/a)
2009年1月 45,189,019 44,172,167 -1,016,852 0.977
2012年1月 44,611,229 45,643,272 1,032,043 1.023
2018年1月 50,716,501 49,644,298 -1,072,203 0.979
2022年1月 52,294,641 51,076,027 -1,218,614 0.977
2024年1月 52,917,484 50,459,849 -2,457,635 0.954

(e-Stat掲載ファイルによる。2018, 2024年は表1, 表2参照。2022年は「実数原表」の「月次」の2022年1月分「毎勤原表 (2022年1月確報)」「毎勤原表 (2022年1月確報)・新サンプル・旧母集団結果」の「前調査期間末」の労働者数。2009, 2012年は「【参考】従来の公表値」の「実数原表」の「月次」ファイルから、12月の「本調査期間末」と1月の「前調査期間末」の労働者数を使用。)

なぜ労働者数が (データ上) 減るのか

ベンチマーク更新というのは、全国の事業所全数調査である経済センサス等にあわせて毎月勤労統計調査で使う労働者数を調整するものである。ベンチマーク更新で労働者数が減るということは、センサスのデータで労働者数が減っていて、それを反映させているんだなと思う人もいるかもしれない。

しかし、実際にはそんなことはなく、センサスの労働者数も、この間増え続けている (後述)。ではなぜベンチマーク更新で労働者数が減るのかというと、毎月勤労統計調査では、労働者数を毎月推計していて、その値が、センサスを上回る勢いで増えてきたからである。数年に一度のベンチマーク更新のたびに、この増加した労働者数が、センサスに近い値に引き戻されることになる。しかしその月から毎月勤労統計調査はまた労働者を増加させはじめるので、つぎのベンチマーク更新のときまでにセンサスを相当上回った値になってしまっているわけである。

センサスと毎月勤労統計調査の労働者数がこの20年間にどう変化してきたかを確認しておこう (方法については 付録を参照 されたい)。図1は、e-Statからダウンロードした「毎勤原表」をもとに、労働者数の変遷を描いたものである。2018年末に発覚した東京都不正抽出への対応のために複数のデータ系列が作られているが、幸い、それらの間の差異は大きくない。「センサス」の値 (×印) は、経済センサス等のデータそのものからとったのではなく、ベンチマーク更新あるいはその計画段階での試算の際の労働者の増減から割り出している。

図1: 毎月勤労統計調査 (全体) の労働者数推移: 2004-2024


(黒矢印はベンチマーク更新。データについては 付録を参照。)

図1からわかるとおり、センサスによる労働者数は徐々に増えてきているのだが、毎月勤労統計調査の推計する労働者数は、それを上回って増加する傾向にある。これが、ベンチマーク更新 (黒矢印) のたびに、センサスの水準に引き下げられている (2012年以外)。この引き下げ幅が、いちばん右端の2024年1月のところで非常に大きくなっている。

この労働者数増加の大部分は、5-29人規模事業所 (毎月勤労統計調査では「第二種事業所」という) によるものである。図2は5-29人規模事業所に限定して、図1と同様のグラフを描いたものである。この規模区分の労働者数は、2009年前後は例外的にセンサスの値に近いが、それ以外はずっとセンサスを上回っている。そして、センサスよりもずっと速く増加する傾向にある。これをときどきベンチマーク更新で引き戻すので、そのたびに断層ができる。最新の2024年1月のベンチマーク更新ではこの断層がすごく大きく、突然360万人 (約15%) の労働者が減少している。

図2: 毎月勤労統計調査 (5-29人規模事業所) の労働者数推移: 2004-2024


(黒矢印はベンチマーク更新。データについては 付録を参照。)

これに対して30人以上規模事業所 (「第一種事業所」と呼ばれる) の労働者数はセンサスより少ない傾向があり、ベンチマーク更新で増えることが多い。5-29人規模事業所の労働者数は上述のように減ることが多いので、ベンチマーク更新ではたいてい、相対的に大規模な事業所のシェアが増える。

図3: 毎月勤労統計調査 (30人以上規模事業所) の労働者数推移: 2004-2024


(黒矢印はベンチマーク更新。データについては 付録を参照。)

図3をみると、30人以上規模事業所の労働者数は、今回 (2024年1月) のベンチマーク更新で大きく増えていることがわかる。図2のように5-29人規模事業所の労働者数が大きく減ったこととあいまって、毎月勤労統計調査全体の推計に使う労働者数の分布が大規模事業所のほうに大きく傾いた。なお、過去には2012年1月のベンチマーク更新でも30人以上規模事業所の労働者数が増えている (図3) が、このときには29人以下規模事業所の労働者数がほとんど変わっていなかった (図2)。

賃金データへの影響

大規模な事業所は賃金が高い傾向にあるため、そのシェアが増えると、データから計算される全体の平均賃金も上がる。このことが、ベンチマーク更新のたびに賃金を押し上げる効果を生む。前回 (2022年) までは、賃金にあたえるインパクトはそれほど大きくはなく、その方向もプラスとは限らなかった。表3は厚生労働省の試算によるもので、各回のベンチマーク更新が「きまって支給する給与」にどれだけの影響を与えたかをあらわしている (2018年は https://www.soumu.go.jp/main_content/000576510.pdf (p. 9)、それ以外は https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/dl/maikin-kaisetsu-20240408.pdf (p. 18) による)。これによると、2009年から2022年までのベンチマーク更新のなかで給与にもたらしたインパクトが最大だったのは、2018年1月のプラス1791円 (0.7%の上昇) であった。今回のベンチマーク更新によるインパクトはこの3倍以上 (プラス6643円、2.5%上昇) である。

表4: ベンチマーク更新による平均給与の断層 (厚生労働省試算)

年月 更新前の平均給与* 更新による増加
2009年1月 266,000 -1,140 -0.4
2012年1月 260,693 705 0.3
2018年1月** 258,100 1,791 0.7
2022年1月 262,054 -625 -0.2
2024年1月 268,535 6,643 2.5

(*: きまって支給する給与 (円)。 **: 従来の公表値による。)

これはつまり、労働者数の構成が大きく動いたために相対的に高賃金の事業所のウエイトが突然上がったということである。具体的にどういう事業所のウエイトが上がってどういう事業所で下がったのかは、今後入念な検討が必要である。すでにおこなわれている検討については、厚生労働省 (2024-04-08) 「毎月勤労統計調査におけるベンチマーク更新等(令和6年1月分調査)の対応及び影響について」を参照。

前年比等の数値について

前2回のベンチマーク更新とは異なり、今回からベンチマーク更新の効果を除いて前年同月比等の指標を計算することになった。発表される賃金の伸び率などの数値に「断層」があらわれないようにしたのだ。これは「毎月勤労統計調査の改善に関するワーキンググループ」の提言によるものである。くわしくはつぎの文献を参照されたい:

ベンチマーク更新のような調査技術的な理由で作り出されたデータ上の断層について、それが実態としての賃金上昇を反映したものであるかのように解釈されてしまうのはまずい。だから、その影響をとりのぞいて計算した指標を公表するのは、理に適った方針といえる (逆にいえば、そういう処理をしない指標を出していた2018年と2022年の状況が異常だったのだが、ここではそれについては論じない)。今回のベンチマーク更新による断層は今のところあまり話題になっていないようだが、これはこのような処理をおこなったあとのデータには断層があらわれないからであろう。

しかし、それは問題に蓋をして見えなくしているだけである。毎月勤労統計調査の労働者数推計がおかしいという根本的な問題は、手つかずのまま残っている。毎月勤労統計調査では、ほとんど常にセンサスから大きく外れた労働者数構成によるウエイトで調査結果を集計している。ベンチマーク更新は、累積したずれを数年に一度まとめて清算しているだけであって、毎月の集計結果をさかのぼって訂正するものではない*1。偏った労働者数を使った集計結果になっているということ自体に変わりはないのである。

問題を根本的に解決する方向のひとつは、労働者数の推計自体をやめてしまうことだ。今のやりかたでは、集計のためのウエイトをわざわざ間違った方向にシフトさせては、数年に一度、センサスを参照して正しい (であろう) 値に近づける、という誰の得にもならない作業を延々と繰り返すことになる。そういう無駄なことに資源を注ぎ込むのではなく、有意義な方向 (たとえばセンサス等の信頼できる最新の値を使うことにして、その最新の値が更新されてから遡及的に過去のデータを書き直し、どこがどうずれていたかを分析する) に進むほうがよい。

どうしても労働者数の推計をつづけるというのであれば、現行の方法にある問題点を洗い出して、正しい推計ができるよう改善する必要がある。すでにわかっている問題点としては、つぎのようなものがある。

  • 第一種事業所については、規模区分間を移動した事業所のあつかいがおかしいために、労働者数に系統的な偏りが生じる (前回記事 参照)
  • 第二種事業所については、時間経過とともに労働者数がどんどん増えてセンサスから乖離する (図2)

前者は原因がはっきりしていて、集計システムを治せばいいだけの話なので、即刻改善すべき事柄である。後者は原因不明なのだが、データの傾向は安定しているのであるから、まず原因を突き止めるための分析をなすべきであろう。

付録:この記事で使用したデータとスクリプト

「政府統計の総合窓口」(e-Stat) 掲載のファイル https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?toukei=00450071&tstat=000001011791 から2004年以降の「実数原表」データのExcelファイルをダウンロードした。データ処理の方針は https://remcat.hatenadiary.jp/entry/20210911/gap およびその続編となる記事群を参照。今回用いたデータとスクリプトはつぎのところから入手できる:


*1:2017年以前には過去に遡った改訂をおこなっていたので、今とは状況が異なる。