衆議院議員選挙期間中に、「ミヤギテレビ」を名乗る自動音声調査の電話がかかってきた。「ミヤギテレビ」というのは 宮城テレビ放送 が使っている通称なので、同社に問い合わせてみたところ、本当にそういう調査をやっているという答えだった。これは大変な事態だと判断して、警告を発するためにこの記事を書いている。
電話は、冒頭で「ミヤギテレビ」と名乗り、衆議院議員選挙に関する特定の選挙区の調査であること、その選挙区の有権者でなければ電話を切ってください、データは匿名化して統計的分析結果だけを使います、というような説明をつづけたあと、具体的な質問項目を読み上げ、プッシュホンで番号を回答させる内容だった。質問がはじまったところで電話を切ったので、そこから先はわからない。質問項目に入るまでの部分 (冒頭の20秒程度?) に調査の目的やデータの使用範囲の説明はなく、連絡先の電話番号等も言わなかった。いそがしいときに電話をとったので、録音をすることができず、メモもとれなかったため、内容は正確には再現できない。
以前にも自動音声による同様の電話調査が来たことはあった。最初は2015年7月 だったのだが、それ以降の約6年間には一度もなかった (留守中にかかってきていた可能性はある)。ところが、今年7月から10月中旬までの間に同様の電話がおなじ電話番号に3件かかってきており、急激に増えている印象を持ってはいた。
拙宅は固定電話の番号をふたつ持っているのだが、計5件 (2015年の1件、今年10月中旬までの3件、今回の「ミヤギテレビ」調査) の電話は、すべてその片方にかかってきたものである。もうひとつには一度もきていない。また、日頃かかってくる各種セールス・勧誘の電話も同様の傾向であり、ふたつある電話番号の片方だけに来る。この辺もあからさまに不審である*1。 なにか電話番号リストが出回っていて、そこに載っている番号に集中的にかけているのではないだろうか*2。
ただ、これまでかかってきた電話は、「ヨロンチョーサセンター」のような、聞いたこともない会社によるものであった。もうちょっと外来語っぽい名前のものもあったと思うが、ちゃんとおぼえていない。電話調査にかぎらず、質の低い調査が横行しているのは以前から問題になってきたのだが、調査をおこなう企業や団体は無数にあり、それらのすべてに質の高い仕事を期待するのも詮無いことである。幸い、6年前に調べたところでは、大手の調査会社や報道機関が自動音声のみによる電話調査をおこなうことはないようであった。
現在でも、新聞社等の電話調査の説明は、つぎのような内容である。(そうでない事例については「付記:調査業界は調査する側の都合しか考えない」 参照。)
朝日新聞社では、「電話」「郵送」などの方法で、国民の意見を探るさまざまな世論調査を実施しています。このうち、内閣支持率などを調べる毎月の調査や、大きな出来事があったときに実施する緊急調査は、RDD方式による電話調査で行っています。
〔……〕
「RDD」とは「ランダム・デジット・ダイヤリング(Random Digit Dialing)」の略で、コンピューターで無作為に数字を組み合わせて番号を作り、電話をかけて調査する方法です。この方式だと、電話帳に番号を掲載していない人にも調査をお願いすることができます。
〔……〕
調査当日は、これらの番号に調査員が次々と電話をかけます。朝日新聞社では、機械による自動音声を使っての調査は実施していません。
〔……〕
世帯に電話がつながったら、調査の趣旨を説明した後、その世帯に住んでいる有権者の人数を聞きます。コンピューターでサイコロを振る形で、その中から1人を選んで調査の対象者になってもらいます。電話に最初に出た方を対象にすると、在宅率の高い主婦やご高齢の方の回答が多くなってしまい正確な調査になりません。
選ばれた方が不在でも、一度決めた対象者は変えず、時間を変えて複数回電話をかけます。また、すぐには応じていただけない場合でも、重ねて協力をお願いしています。これも、回答者の構成を「有権者の縮図」に近づけるためです。
https://www.asahi.com/politics/yoron/rdd/
――――――
朝日新聞DIGITAL「「RDD」方式とは」(2021-10-31 閲覧)
〔強調 は引用時に付加したもの〕
日本経済新聞社と日経リサーチは全国の有権者の皆様を対象に、電話による世論調査を実施し、日本経済新聞で報道しています。調査の対象者に選ばれたお宅には、日経リサーチが電話をかけさせていただき、調査へのご協力をお願いいたします。ご協力を了承していただければ、家族の中からお1人だけ回答していただく方をこちらで決めさせていただき、電話口でオペレーターが質問を読み上げます。
https://www.nikkei-r.co.jp/pollsurvey/subjects.html
――――――
日経リサーチ「対象に選ばれた方へ」(2021-10-31 閲覧)
〔強調 は引用時に付加したもの〕
2007年の統一地方選挙の際、『朝日新聞』が「自動音声でお手軽?世論調査 安く早く人気、質に課題も」という記事をウエブサイトに掲載している。
「興味のない方はこのままお切りください」「次の、どの候補を支持しますか」……。
受話器から録音された女性の声が流れ始める。4月の滋賀県議選を前に、ある候補者が都内の業者に依頼したオートコールによる世論調査だ。関心のある県政課題なども尋ね、プッシュボタンを押して答えてもらう。依頼した候補の関係者は「焦点の新幹線新駅の是非など有権者の風向きを見るのに参考にする」と話す。
オートコール技術を提供している市場調査会社「ジー・エフ」(本社・東京都文京区)が今年の統一地方選で請け負うのは、県議選や市長選の候補者ら合計で100人を超える。03年春の前回と比べ、ほぼ2倍に増えたという。
〔……〕費用は従来の電話世論調査の10分の1程度と安く、1回1000サンプルで150万円。発注から2日後には結果が届く。
〔……〕
〔……〕業者は乱立気味で、スーパーや住宅リフォームの市場動向調査の傍ら、副業で請け負う業者もいる。日本世論調査協会の吉川伸事務局長は「調査方法や個人情報の扱いなどは業者の倫理観に任されているのが現状。質の低い調査が増えれば、世論調査自体の信頼性を損なう」と心配もしている。
http://www.asahi.com/senkyo2007t/news/aTKY200703130274.html
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朝日新聞「自動音声でお手軽?世論調査 安く早く人気、質に課題も」asahi.com 2007年03月15日10時17分
この記事の事例では、自動音声のみによる電話調査を使っていたのはマスメディアではなくて候補者本人であり、選挙戦を展開するための情報を迅速に得るためのものであったことがわかる。また、そのような調査は専門家からは「質の低い」ものとみなされており、世論調査自体の信頼性を損なう有害なものになりうることが指摘されていた。
候補者にしてみれば、このような「調査」は、街の声を聞いて有権者の意見を知る活動の一環なのだろうから、代表性のある標本で信頼性の高い分析結果をえるというようなことは必要ないのだろう。また、自分が当選することが最優先であって、社会にどのような損害をあたえようと気にしないのかもしれない。対象者に向けて開示されるのは調査会社の名前であって、依頼者の名前は秘密であるから、いい加減な調査会社を使っているということも表に出てこない。調査会社の陰に隠れて、裏で情報を集めるという話なのである。
今回の宮城テレビ放送の件は、そういうものとはかなり性格がちがう。これまでは「裏」の稼業としてコソコソとやられていたいい加減な調査を、いちおうは名の通った報道機関が「表」でやりはじめたのだ。これがさらにひろまっていくと、そのようなやりかたが調査方法として当たり前のものとみなされるようになってしまう可能性がある。それはふたつの意味で危険である。ひとつは、調査に答えた人の個人情報等が、情報を適切に管理しない (あるいは悪用する) 組織にわたってしまうこと。もうひとつは、社会調査全体が信用を失うので、調査によって精確なデータを得ることがますますむずかしくなる――結果として、さまざまな社会問題に適切な対応をすることができなくなる――ということである。
何がまずいのか
自動音声のみによる電話調査がダメなのは、インフォームド・コンセントの原則に反しているからである。
たとえば、病院で何らかのリスクをともなう治療を開始するときには、病状とその治療方法、予想される効果と副作用などについて説明の説明を受けるだろう。不動産契約を結ぶ際には、業者がやはり契約の重要事項について説明する。そのときの「説明」が、自動音声での説明を一度再生するだけのもので、疑問に思ったことを質問する機会がなく、聞き逃したことについて再度聞かせてもらうこともできないとしたら、あなたはその相手を信用できるだろうか?
社会調査の場合も同様である。調査に応じるというのは、自分の個人情報やプライバシー (このケースでは政治信条に関わる意識と行動) を他人に渡して管理を委ねるということだ。それは危険な行為である。調査に協力する側としては、そのような情報をわたして大丈夫な相手かどうかが大問題であり、疑念を払拭する責任は調査を実施する側が負う。
自動音声だろうと何だろうと調査についての説明を対象者に聞かせたのだからそれで責任は果たしているのだ、というのが、このような調査を実施する側の言い分だろう。だが以下に論じるように (論じなくても常識的にわかる事柄のはずであるが)、そのようなやりかたでは、対象者が調査の意義とリスクを理解して合理的に判断できるとは期待できない。これではインフォームド・コンセントの原則は骨抜きになってしまう。そのことに気付かなかったとしたらその組織は無能であり、わかってやっているなら邪悪である。
ミヤギテレビ調査の問題点
具体的に、今回の自称「ミヤギテレビ」自動音声電話と宮城テレビ放送の対応について、問題点を洗い出しておこう。
同一性問題
最も大きな問題は、その電話が 宮城テレビ放送 によるものだという保証がなにもなされなかったことである。両者を結びつけるのは、自動音声による電話の冒頭で「ミヤギテレビ」と名乗った、ということしかない。宮城テレビ放送が実施しているという調査と、私のところにかかってきた電話による調査が同一のものなのかどうかは、実はわからない。
そもそも「ミヤギテレビ」というのは通称に過ぎないし、類似した名前の別会社もあるのだから、それだけを名乗る (それ以上の自己紹介が何もない) というのが社会通念上不可解である。冒頭からいかにも「まともな団体ではない」感を漂わせる電話。この時点で相手をやめて電話を叩き切るのがまともなリスク感覚というものであろう。
「宮城県で放送事業をおこなっている株式会社宮城テレビ放送、通称ミヤギテレビです」とでも自己紹介すれば、かなりまともな感じにはなる。ただ、それは第一印象が多少よくなるというだけの話であって、信用できるかどうかはまた別の話である。人間は嘘をつく生き物なのだから、電話を突然かけてきた相手の言うことを全面的に信用するというのではお人好しに過ぎる。
この人は嘘をついていない、と対象者に確信してもらうことは、社会調査における最重要事項のひとつである。なにしろ、プライバシーに属する情報を見知らぬ人から聞き出そうというのだから。まともな団体が誠実にやっている調査であることを最初の接触で示し、信用してもらうための工夫を、私たちは発達させてきた。
訪問調査の場合には、調査そのものの前に、ハガキなどで協力の依頼をおこなうのが通例である。協力依頼状には、調査の目的や回答方法、日程などのほか、調査主体への連絡先を示し、問い合わせに答えられる態勢を整えておく。加えて、ウエブサイトを開設するなどして、複数の情報源でその調査について調べられるようにする。実際に訪問して調査をおこなう際には、調査員に身分証を携行させるとか、対象者から出るさまざまな疑問に答えられるようマニュアルを用意するなど、できる限り疑念を払拭する努力をする。
たとえば総務省統計局がおこなう「国勢調査」では、調査の詳細な解説が https://www.stat.go.jp/data/kokusei/2020/ 以下にある。調査員については、Q&Aでつぎのように説明している。
国勢調査の調査員は、総務大臣によって任命された非常勤の国家公務員で、調査員は、顔写真つきの「調査員証」や国勢調査の「腕章」を身に着けています。不審に思われた時は、訪問者の氏名を確認いただいて、お住まいの市区町村にお問い合わせいただければ、市区町村で身元の確認を行います。
https://www.stat.go.jp/data/kokusei/2020/qa-7.html#g6
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総務省統計局「令和2年国勢調査に関するQ&A: 7.調査員について」(2021-10-31 閲覧)
調査専門会社の場合も、つぎのような感じである。
お宅を訪問する調査員は、原則として皆様がお住まいの都道府県内に在住の者です。主婦や定年退職者が中心で、全国で約800名が当社の登録調査員として稼動しており、調査期間中、当社の「調査員証」を携帯しています。
https://www.crs.or.jp/contact/#faq
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中央調査社「調査対象者の皆様へ」(2021-10-31 閲覧)
郵送調査の場合には、通常は調査実施組織の住所に調査票を返送するので、それが直接的な保証になる。調査目的やデータ管理について説明する文書を添えるとか、連絡先を示して質問を受け付ける、ウエブサイトでも情報を公開するといったことも当然おこなう。
電話調査の現状についてはくわしくないのだが、私の知る範囲では、通常は人間のオペレーターが話す (上記の朝日新聞社や日経リサーチの説明を参照) ので、疑問点はその場で質すことができる。「怪しい団体の怪しい調査でないか、裏をとってから考えたいので、1時間後にかけなおして」といった交渉をすることも可能である。1時間もあれば、その団体の公式サイトに調査の情報が載っているか調べ、調査で使用している電話番号を入手する、といった手段で同一性を確認できる。
さて、今回、宮城テレビ放送の調査について調べたり、視聴者センターに問い合わせたりして驚いたのは、彼らが 自分たちがかけている電話の同一性を保証する手段をなにも提供しなかった ことである。
宮城テレビ放送の公式サイト https://www.mmt-tv.co.jp には、調査に関する情報は、すくなくも簡単に目につくところにはない。だから、まず調査をおこなっているかどうか自体が確認できない。そして当然のことながら、どこにどういう手段で質問を送ればいいかもわからない。やむをえず、 ご意見・ご要望 コーナーから「ミヤギテレビ視聴者センター」の番号を探し出してそこに電話をかけた。「視聴者」としての問い合わせではないからおかしいような気はするのだが、ほかに適当な窓口がないのでしかたない。
で、視聴者センターに電話して、「ミヤギテレビ」を名乗るこういう電話がかかってきたのだが……、とたずねてみたところ、それはうちでやってる調査です、という答えであった。これも驚きである。私のところにかかってきた電話が確かにその調査であるかどうかを確認するには、細かく事情をきいて判断する必要があるはず。しかし、そういうことをなにも質問されなかったのだ。
そのあと、文句をいいたいので責任者を出して、といって担当者をかわってもらい、私のところにかかってきた電話がその調査によるものだったことを証明する方法があるかきいたのだが、それは証明できないですね、という回答だった。この回答はおかしくて、実際には発信元電話番号を確認すればいちおうの証明がつくはず (後述) なのだが、そういう準備なしに調査実施しているということなのだろう。
つまり、私のところにかかってきた電話が本当に宮城テレビ放送によるものだったかどうかは、結局わからなかったのである。私の政治的志向を知りたい人や組織が、「ミヤギテレビ」の名を騙って電話をかけてきたのかもしれない。
いずれにせよ、自動音声電話をかける側が、その電話が怪しい相手からのものでないことを示す努力をまったくしていないわけである。電話を受けた側がそのような相手を信用する義理はどこにもない。
時間的切迫性
つぎの論点に移ろう。第2の問題は、対象者が説明を聞いて判断するために使える時間がごくわずかしかないことである。
上述のとおり、電話の最初には調査に関する説明があり (計測はしていないが20秒くらい?)、そのあとすぐ質問がはじまる形式になっていた。つまり、自動音声によるひととおりの説明が1回だけあり、その情報だけで、そのあとの質問に答えるかどうかを決めなければならない のだ。答えないまま放置するとどうなるのかはわからないのだが、たぶん自動的に切れるのではないだろうか。そうすると、ごく短い時間 (せいぜい数十秒くらい?) で、調査に協力するか否かを即決するよう要求されていることになる。これでは、対象者がきちんと内容を理解して納得して同意するということは、実質的に期待できない。電話の冒頭に説明を流すのは、説明をおこなったというアリバイ作りのためのものであって、対象者に理解してもらうことを真摯に意図したものではないのだといわざるをえない。
ある程度複雑な事柄について口頭で説明を受けた場合、1回聞いただけでそれを完全に理解するということはふつうできない。加えて、今回の場合、その電話がそのような内容であることは受話器をとるまでわからないから、何の心的準備のないまま一方的に説明を聞かされるのである。私は社会調査を専門としているので、こうした説明がどのような要素から成り立っているか重々知っており、どこに気をつけなければならないかも簡単に見当がつく立場にいるが、それでも、自分が聞いた説明内容を完全には再現できない (たとえば電話をかける対象をどのように選んだかの説明があったかどうかおぼえていない)。まして、そうした専門的知識のない人がいきなり説明を聞かされた場合には、内容を把握すること自体がむずかしいはずである。
人間同士が口頭でやりとりする場合に、複雑な内容でも正確に伝えることができるのは、聞き取れなかったところを訊き返すとか、自分が理解した内容を伝えてその理解でいいか確認する、といった交渉を双方向におこなうからだ。話し手が一方的にしゃべる場合――講演とか講義とか――には、理解を助けるための画像を提示したり、文章で書いた説明を別に配布したりして、それをみながら話を聞いてもらい、しかも重要なポイントは何度も繰り返すなどして、ようやく聴衆に必要な情報を伝えることができる。何の補助資料もなく繰り返しもない話を一度だけ聞いて理解できる、というのは日常的コミュニケーションで期待できるレベルをはるかに超えた高度な能力である。
仮に内容は的確に理解できたとしても、そのうえで調査に協力する意義とリスクを比較考量して合理的に判断しなければならないところが、第二の関門になる。それを数十秒程度で完了せよというのは、やはり無理というものであろう。上記のように、その電話の同一性とか調査主体の信頼性についても裏をとる必要があるのだから、最短でも数十分から1時間程度は欲しいところである。
調査倫理のことを離れて考えてみると、突然電話をかけて、出た相手を有無を言わせず数分間拘束する、という発想がそもそも非常識である。相手は何か手の離せない仕事をしているかもしれない。観ているTVドラマがクライマックスを迎えているかもしれない。重要な電話の最中にキャッチホンで割り込んだのかもしれない。まずは現在回答する余裕があるかどうかを聞いて、忙しい場合にはあとでかけなおします、というのが常識的なやりとりである。
だから、調査対象者の立場に立って電話調査を設計するなら、
- 聞き逃した説明を再度聞き直す
- わからないところについて質問する
- いったん中断してあとで回答する
といった機能が必要になる。これらを用意することは技術的にはじゅうぶん可能なはず (後述) だから、用意していないということは、調査設計の際に調査対象者側の事情を真剣に考えなかったということである。
重要説明事項の欠落
件の「ミヤギテレビ」自動音声調査電話では、冒頭の説明の中に、重要な要素が3つ欠落していた。(A) 調査主体への連絡先、(B) 調査目的、 (C) データ利用範囲、である。連絡先のこと (A) は「同一性問題」の項の内容と重なるので、ここでは (B) (C) について論じる。
電話冒頭の説明のなかには、衆議院議員選挙について宮城県の特定の選挙区の有権者に意見を聞く調査である (したがって、その選挙区の有権者でない場合はこのまま電話を切ってほしい) という話はあった。しかし、そうやって 集めたデータを誰が何の目的で使うのかについては、説明がなかった のである。
宮城テレビ放送というテレビ局がおこなう選挙関連の調査ということで、私がすぐに思いつくのは、たとえばつぎのようなものである:
- 宮城テレビ放送のニュースで、宮城県における衆議院議員選挙の情勢を伝える際に、集計結果を紹介する
- 加盟しているテレビ局ネットワークNNNのキー局 (日本テレビ放送網) やその系列局の衆議院議員選挙関連特別番組において、全国の選挙結果を分析する際に、分析対象データの一部として使用する
- ○○研究所と提携して、日本の政党支持構造の変遷とその規定要因の分析をおこない、結果を論文や書籍のかたちで出版する
もちろんこれ以外に私が思いつきもしないようなデータ利用者、利用方法があるかもしれないが、上記の範囲内でも、かなりおおきなちがいがあることがわかるだろう。それらのちがいは、調査に協力することの意義とリスクの両方に関わっている。
調査に協力する意義の点からいうと、最初のふたつはテレビ局の番組の材料として使うというもので、要は特定の私企業の商品開発に協力してください、といっているわけである。対して、最後の調査目的であれば、一企業の利害を超えた、はっきりとした公共的意義を持つものであり、ずいぶんと位置づけが変わってくる。もちろん、宮城テレビ放送ないし日本テレビ放送網 (NNN) のニュースは質が高いのでぜひ協力したい、という人もいるだろうし、○○研究所の研究能力では大した分析はできないので協力するだけムダ、みたいなこともあるかもしれない。いずれにせよ、それらはきちんと情報を得たうえで、各自が判断すべき事柄である。
一方、調査に協力するリスクという点からいうと、調査をおこなう主体である宮城テレビ放送内部でデータ利用が完結しているのは、最初のひとつのみである。あとのふたつでは、他のテレビ局や○○研究所にデータがわたる。もしそうであれば、そこでデータがきちんと管理されるのか、という問題が生じる。つまり、宮城テレビ放送が信用できるか、という以外に、NNN系列の各テレビ局は信用できるか、○○研究所は信用できるか、といったこともリスク要因として勘案しなければならなくなる。
これらの情報が提供されていないということは、意義とリスクを総合的に勘案して意思決定するために必要な条件を伏せているということであり、インフォームド・コンセントの原則から逸脱している。
どうすればよかったのか
こまかくみていけばもっと問題はあるのかもしれないが (なにしろ電話の内容を完全には覚えていないので)、とりあえず「ミヤギテレビ」を名乗る自動音声電話調査について私が指摘できる問題は上記の3つ。すなわち、(1) 同一性の保証がない、(2) 判断に必要な時間的余裕を確保していない、(3) 調査目的とデータ利用範囲の説明がない、ということになる。
これらのうち、(3) については解決は簡単であって、説明をちゃんと加えればいいわけである。説明の時間がすこし長くなって情報量が増えるだけの話で、調査方法は変える必要がない。
一方、(1) (2) については、調査方法自体を大きく変更する必要がある。これらの問題は、短時間に一方的に自動音声を流す方法では対処することができないからである。ほかの方法で情報を提供したり、電話をいったん中断して後でかけなおすなどの機能を新設したりしないといけない。
時間的余裕を確保する方法
先に (2) のほう (判断に必要な時間的余裕がない問題) について検討しよう。この問題には、(a) 一度だけの説明では理解できない、(b) 説明内容について対象者が持った疑問に答えなければならない、(c) 理解した内容に基づいて考えたりほかの情報を調べて意思決定するのに時間がかかる、という3つの部分がある。
(a) については、一度しか聞かせない仕様が悪い。そこで、リピート機能をつけるという解決法がある。たとえば、説明が終わったところで
調査についての説明をもう一度聞きたいかたは、0 を押してください。
みたいなメニューを提示して、0 が押されたら最初に戻って繰り返す仕組みにすればよい。
説明をちゃんと聞いたところ疑問を感じる部分があったという人 (b) に対しては、より詳細な文書や質問を受け付ける窓口を案内すべきであろう。その場合、いったん電話を切って、文書を読むなり窓口に質問するなりして、協力する意思が固まれば調査を再開することになる。そのために、都合のいい時間を予約してから電話を切るようにできるとよい。これで、時間をかけて決めたい人 (c) にも対応できる。さらにいうと、この機能は、今は忙しいのであとで回答したい、という人も利用することができる。
この調査について、インターネットでは ...... にくわしい解説を用意しています。電話での質問は 0120-xxx-yyy で受け付けています。
いったん電話を切った場合、約x時間後にもう一度お電話差し上げます。お電話の時間を指定したい場合は、9 を押してください。
9 が押された場合は、かけなおす時間を指定するメニューが流れ、指定が終わると電話が切れる。
同一性を保証する方法
最初に指摘した同一性の問題 (1) についてはどうか。かかってきた電話がまちがいなく宮城テレビ放送からのものであることを調査対象者が確認できるようにするには、どうしたらいいだろうか?
発信元電話番号が記録できる環境で、インターネットが使える人に限定していいなら、最も簡単な方法は、
- 調査について説明するウエブページを作り、宮城テレビ放送の公式サイトの目立つところからリンクする
- そのページに、調査で使用する発信元電話番号を記載する
というものであろう。上で示したように、どのみち調査説明のウエブページはつくらなければならない。そのページが公式サイト内にあるか、公式サイトからリンクされていれば、宮城テレビ放送がその調査の存在を認知していることは確認できる。そこに載っている発信元電話番号と調査対象者の電話機にのこる受信記録とが一致すれば、その電話はその調査によるものだと証明できる。
発信元電話番号が記録できない場合、あるいはインターネットが使えない場合には、スマートな解決はむずかしいかもしれない。電話をかけたときのログを参照すれば、「2021年10月XX日 HH時MM分に 022-aaa-bbbb に電話したか?」のような問い合わせに答えることは可能である。しかしそれには回答者の電話番号 (=個人情報) の記録を検索・参照可能にしないといけないから、データ管理の点で問題が生じる可能性がある。問い合わせてきた人にその情報を開示していいかどうかも問題になりうる。このあたりは、さまざまなリスクを考慮して、注意深く仕様を決める必要がある。
結論
とまあ、提案できる改善策はいろいろあり、議論の余地もあるのだが、そういうものを参考にして調査方法を改善していくのは、調査実施側の責任になる。
では、調査依頼を受けた側はどうすればよいか? 私の答えは単純である――自動音声のみの電話調査に答えてはならない!
ここまで議論してたことからわかるように、インフォームド・コンセントの原則を尊重したまっとうな調査といえるためには、調査対象者から出てくる疑念をクリアして、調査に協力する意義とリスクの情報を提供し、合理的な意思決定をおこなえるだけの時間を確保する必要がある。自動音声だけで一方的に調査する方法では、そのような条件を整えることはできない。必ず自動音声電話以外の手段で調査実施者にアクセスする経路を確保し、それを明示しなければならないのである。
だから、自動音声だけで一方的に調査する内容であれば、まっとうな調査でないことはあきらかなのだ。即座に電話を切っていい。
自動音声電話以外のアクセス方法が明示されているなら、考慮の余地はある。そのときは、指示されたアクセス方法をふくめ、さまざまな経路から、その調査と実施団体について情報をあつめ、信用できるかどうか、調査に回答することにどのようなリスクがあるか、協力するに値する意義があるか、など総合的に判断すればよい。これは通常の調査に対するのとおなじである。
付記:調査業界は調査する側の都合しか考えない
自動音声電話による調査技術「オートコール」は、近年、マスメディアと連携する調査会社なども採用しつつあるようだ。ちょっと調べてみたので、最後に付記しておく。
この技術を応用した「世論観測」サービスなるものを、日経リサーチが昨年はじめている。
株式会社日経リサーチ(本社:東京都千代田区、代表取締役社長:福本敏彦)はこれまで蓄積してきた世論調査と市場調査のノウハウに、自動音声応答通話(オートコール)システムを組み合わせ、従来の世論調査とは異なる手法で世論の動きを捉える新しいサービス「世論観測」の提供を開始します。
〔……〕
オートコールを使った調査は、電話番号の抽出はRDD法を使うものの、電話口での無作為抽出や対象者の追跡を行わないため、回答サンプルは電話口に出やすい人や調査に協力的な人に偏る特性があり、有権者の縮図とはなりません。また、回答率(電話がつながった対象のうち、実際に回答を得られる割合)は10%前後に留まります。このため、回答サンプルには代表性が認められず、世論調査としては活用できません。
https://www.nikkei-r.co.jp/news/release/id=7250
しかし、自動音声により、すべての調査対象に対して均一の声質や抑揚で調査票を読み上げて回答が得られることや、コールセンターでオペレーターが密な状態をつくることなく運用できることなどから、安定的に調査を実施するには優れた手法と言えます。
―――――
日経リサーチ (2020-06-05) 「自動音声応答通話(オートコール)を使った「世論観測」サービスを開始:世間の声はどう変動したか 新型コロナ緊急事態宣言の期間中に測定」
この記事は、オートコールの問題点として標本の代表性のことにしか触れていない。このあとの調査事例紹介でも、対象者に対してどのような説明を準備したのか、対象者からの疑義にどのように答えたのかといったことはまったく書いていない。そうした困難点を隠して、新しい技術を売り込む記事になっている。
埼玉大学と毎日新聞社が設立 した株式会社である 社会調査研究センター (株式会社グリーン・シップの社長が取締役になっている) は、オートコールを一部で採用した「ノン・スポークン」(non-spoken) 方式の調査をはじめている。自動音声で電話をかけるものであるが、スマートフォンと固定電話とで方法を変える。
スマートフォンの場合には、電話の自動音声で回答を要請し、承諾した対象者にSMSでURLをおくってウエブサイトに誘導する。「ノン・スポークン」調査について解説する論文に、つぎの図が載っている。
http://doi.org/10.24561/00019168
―――――
大隈 慎吾 (2020) 「「ノン・スポークン(Non-spoken)調査」の方法と品質」『政策と調査』19:15-24
図表2 (p. 17)
ウエブサイトをみてからいろいろ調べたり考えたりすることができるなら、自動音声のみの電話調査よりはかなりまともな方式といえるかもしれない。
ただ、実際の調査は、まったくダメなもののようだ。まず、自動音声による最初の説明はつぎのような内容だという。
http://doi.org/10.24561/00018598
―――――
前納 玲 + 松本 正生 (2019)「IVRとSMSを利用したスマートフォン調査」『政策と調査』16:61-72.
図表1 (p. 63)
これは無茶苦茶である。調査主体は何者か、調査の目的は何かといった基本的なことが何もわからない。「GS調査センター」は「ジーエスチョーサセンター」と発音されるのだろう。本当は調査を実施しているのは「株式会社グリーン・シップ」なのだそうだが、そのことはまったくわからない。承諾すると短縮URLが送られてくる……というのだけれど、正体不明の「ジーエスチョーサセンター」が送り付けてきたURL、踏んで大丈夫なんでしょうかね?
ともかく、送られてきたURLをクリックすると、ウエブサイトに飛ぶ。
http://doi.org/10.24561/00018598
―――――
前納 玲 + 松本 正生 (2019)「IVRとSMSを利用したスマートフォン調査」『政策と調査』16:61-72.
図表3「回答用Webサイトの画面 (例)」 (p. 64)
「株式会社グリーン・シップ」の名前はここで出てくるのだが、冒頭の「GS調査センター」との関係はわからない。「回答結果は、株式会社グリーン・シップのホームページで公開します」と書いておきながら「ご回答の内容……は厳重に守られております」というのもおかしい (意地悪く読めば、現在は守られているが将来は守られない、ともとれる)。そして、現にこの論文に分析結果が載っているので、「株式会社グリーン・シップのホームページ」以外のところに公開しているわけであり、しかもグリーン・シップ社員でない人が共著者になっている。問い合わせ先が指定されているので、そうした疑問をぶつければ答えてもらえるのかもしれないが、これだけ無茶苦茶な説明文を平気で出してくる人たちに真摯な回答が期待できる気は、私ならしない。ただし、この文面をみてから回答をやめることはできるから、その点では (ダメな調査であることを判断するための) じゅうぶんな情報が提供されているともいえる。
一方、固定電話の場合には、電話がつながったらそのまま自動音声による調査をおこなう。
http://doi.org/10.24561/00019168
―――――
大隈 慎吾 (2020) 「「ノン・スポークン(Non-spoken)調査」の方法と品質」『政策と調査』19:15-24.
図表3 (p. 17)
これはここまで論じてきた自動音声のみの電話調査とまったくおなじ方式であるから、おなじ批判がそのままあてはまる。対象者への説明と問い合わせの機会を周到に用意しないかぎり、インフォームド・コンセント原則を尊重したまともな調査にはならない。実際に使うスクリプトが 上記のスマートフォン用調査のもの と同様だとすると、そういうことを議論するまでもなくアウトである。
ところが、この調査方式について解説した論文を読むかぎり、推進者たちはそのようなことを問題として認識していないようだ。論点となっているのは、標本の代表性や回収状況や結果の偏りのことだけ。つまり、調査をする側が欲しいデータを得られるかどうかのみが関心事なのである。
ここまで検討してきたように、この種の調査を 調査対象者の側から みたときの最大の問題は、対象者の権利が侵害される危険性にある。一方で、調査する側、あるいは調査の技術を売る側からみれば、対象者の権利など無視してデータをとることができるならそのほうがいい――安くあがるし技術的にも簡単――だろう。彼らがやろうとしているのは、自動音声調査であることを言い訳にして、これまでに確立してきたインフォームド・コンセントの原則を骨抜きにすることなのである。その企てに、大手の調査会社、報道機関、大学までもが乗りはじめている。
注
*1:裏と表が半分ずつの確率で出るコインを5枚投げたとき、5枚すべてが表になる確率は、1/32 すなわち約3%である。ありえないこととは言い切れないのだが、相当に稀な現象。電話する先は無作為には選ばれていないのだろうと考えておくべき状況である。
*2:2014年のブログ記事 https://gl17.hatenadiary.org/entry/20140531/1401522035 で「年2~3回くらい」電話世論調査が来る、と書いていた人がいる。正体不明の調査に答えているとそういうことになるのであろう。