remcat: 研究資料集

(TANAKA Sigeto)

毎月勤労統計調査に関する公開情報の収集と評価

KAKENHI research plan (2021-2023)
科学研究費補助金 (基盤研究(C)) 2021-2023年度

小区分: 社会学関連
研究代表者: 田中 重人
状況: 書類作成中

※ 現在作成中の研究計画です。今後修正する可能性があります。

1. 研究目的、研究方法など

概要

厚生労働省 (および旧労働省) がおこなってきた「毎月勤労統計調査」について、その公開情報を過去にさかのぼって収集し、調査方法や結果数値の吟味をおこなう。2018年末に東京都での大規模事業所の不正抽出が明るみに出て以来、同調査の信頼性には疑問が持たれており、問題は少なくとも1990年代までさかのぼると指摘されているところであるが、過去の資料はほとんど検討されていない。本研究においては、過去の資料を収集し、特に母集団労働者数と標本誤差の推定値の推移を分析することにより、不正あるいは間違った方法による調査や集計がおこなわれた可能性を検証する。また、そのような作業を通じて、政府や専門家の創り出した知識に対し、文献の批判的吟味に基づいて一般市民が異議を申し立てる方法論を整備する。

(1) 本研究の背景

毎月勤労統計調査に関しては、2004年以降に東京都での大規模事業所の抽出に不正があったこと、2003年以前には調査すべき事業所サンプルの一部を調査していなかったこと (開始時期は不明)、すくなくとも1996年から公称のサンプルサイズを相当下回る規模のサンプルしか得ていなかったこと (開始時期は不明) などがすでにわかっている。このスキャンダルは、公的統計に対する信頼に深刻な打撃をあたえた。

スキャンダル発覚以前から、2018年5月以降の賃金の前年比数値が異常に高いという疑惑 (西日本新聞 2018年9月12日) が指摘されていた。その原因として、母集団労働者数を推定するための「ベンチマーク」や調査・集計の対象となる「常用労働者」の定義の変更のために2018年1月時点で「断層」が生じて比較可能性が失われていたにもかかわらず、そのことを考慮しないで変更以前と比較した「前年比」数値を発表しつづけていたと指摘されている (明石順平 (2019)『国家の統計破壊』集英社インターナショナル)。

スキャンダル発覚以降、厚生労働省では「毎月勤労統計調査等に関する特別監察委員会」を組織して調査をおこない、国会や統計委員会でも追及がおこなわれた。

しかしその一方で、調査について従来から定期的に発行されてきた 『月報』『年報』『要覧』等の出版物や、毎月の調査についてExcelファイルなどで公表されてきた結果数値などは、ほとんど検討されていない。不正発覚以降の毎月勤労統計調査をめぐる議論は、過去の公開情報を無視したかたちで進んできた。

(2) 本研究の目的と独自性

本研究においては、毎月勤労統計調査について 既存の公開情報 (出版物や電子ファイルなど) を収集し、それらを分析・評価する

こうした研究は、政府機関や経済学・統計学の専門家は手を付けてこなかったものだが、非専門家の手によって細々とおこなわれ、個人が運営するインターネット上のサイトや一般向けの書籍で結果が公表されてきた。

たとえば山田正夫のブログ http://kagaku7g.g.dgdg.jp は、e-Stat (政府統計の総合窓口) の公開ファイルを使い、 母集団労働者数の推定値の推移に不審な点がみられる ことを指摘している。明石順平 (2019)『国家の統計破壊』(集英社インターナショナル) は、 経済センサスによる労働者数の事業所規模別構成比には2009年から2014年の間にほとんど変化していないのに、毎月勤労統計調査では小規模事業所の労働者数が同期間に大きく増えた ことを指摘している。申請者も、産業分類を「宿泊業,飲食サービス業」に限定して母集団労働者数推定値の推移を観察し、2012年から小規模事業所の労働者数が急激に増加した ことを指摘している (田中重人 (2020)「毎月勤労統計調査の諸問題」『東北大学文学研究科研究年報』69)。

以上の発見から、この時期に毎月勤労統計の調査・集計においてなんらかの問題があったことが示唆される。2018年1月に毎月勤労統計調査公表数値に生じた「断層」の原因を考えるうえで、これらの事実は重要である。また、現在ベンチマークとして使われている2014年7月の経済センサス以降も毎月勤労統計調査の小規模事業所労働者数推定値は増加しつづけているため、次回ベンチマーク更新の際にどの程度の断層が生じるかの予測をおこなうのにも不可欠の情報である。

分析のもうひとつの焦点は、調査精度を評価するための標本誤差の推定値である。1994-2006年の毎月勤労統計調査では、「標本誤差率」と呼ばれる数値を、毎年7月分調査について報告してきた。2007年以降は、計算方法を変更した「標準誤差率」という数値が、やはり毎年7月分調査について報告されている。これらは調査の精度を考えるうえで重要な資料だが、これらの公開数値にも疑問点が多々ある。

誤差率の数値は、2001年から急激に増加し、特に30-99人規模の事業所では2003年に3倍に増加する という特異な動きを見せる (下図参照)。調査対象事業所数をこの時期に不正に減らしていた可能性がある。一方、その前の8年間 (1994-2001年) は、数値の変動が著しく小さい。産業・規模別に設けた層のほとんどで、0.01%の水準で数値が完全に一致するのだ。これもまた不自然であり、「誤差率」の表を作るにあたってのなんらかの作為が疑われる (https://remcat.hatenadiary.jp/archive/2019/08/20)。

図: 毎月勤労統計調査の誤差率の推移


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縦の線は、30-499 人規模事業所の「抽出替え」の時期を示す。
データは『毎月勤労統計要覧』各年版および http://www.soumu.go.jp/main_content/000594893.pdf による。
詳細は、田中重人 (2020)「毎月勤労統計調査の諸問題」『東北大学文学研究科研究年報』69 (図1) を参照

(3) 本研究で何をどのように、どこまで明らかにするか

本研究では、毎月勤労統計調査に関して、つぎのような資料を、調査開始までさかのぼって系統的に収集する

(A) 調査や集計の方法が解説された報告書や行政文書
(B) 集計結果を記録した電子ファイルおよび印刷媒体
(C) 調査や集計の問題点や改善提案がおこなわれた論文等

文書のレビューをおこなうとともに、母集団労働者数と誤差率の推定値に特に着目してデータを分析し、どの時点でどのような不正がおこなわれていた可能性があるか、また現在および将来の調査にどのような影響があるかをあきらかにする。あわせて、この作業を通じ、 政府によるデータ操作に対して一般市民が批判をおこなうための資料収集と分析の方法を提案する

2. 本研究の着想に至った経緯など

(1) 本研究の着想に至った経緯と準備状況

申請者は主として社会調査および統計分析を用いた社会学研究をおこなってきた。そうした研究においては、マスメディアや企業によるいわゆる「アンケート」調査の誤解と濫用が常に問題となってきた。

また、社会調査にかぎらず学術的な手続きに則って行われる研究の水準と、マスメディアによる研究成果のセンセーショナルな取り上げ方との乖離に、申請者はずっと関心を抱いてきた。2015年に文部科学省作成の高校保健教材が女性の「妊娠のしやすさ」の年齢による低下を強調した改竄グラフを掲載した事件を契機として、 科学的研究成果が不適切に使用された場合の対応のために、公開されている学術情報をどのように活かすか を考察し、そうした公開情報に基づく批判を実践してきた。

2018年2月には、「労働時間等総合実態調査」(厚生労働省) の結果によって、裁量労働制で働く人の労働時間は一般労働者より短い、とする国会答弁があった。この問題については、1980年代までさかのぼって文献を網羅的に収集し、開始当初から情報公開が不十分で検証不可能な調査であったこと、にもかかわらず批判を受けることなく政策立案の根拠として使われてきたことを明らかにしている。

2018年9月には、毎月勤労統計調査 (厚生労働省) による直近の賃金伸び率が過大であること、その背後に不適切なデータ操作のある可能性があることが指摘された (西日本新聞 9月12日)。その後、2018年末には、東京都での不正なサンプリングが報道され (朝日新聞 12月28日)、2019年1月にはサンプル規模を減らしたり一部のサンプルを調査せずに捨てていた事実が明らかになった。申請者はこれら一連の経過をずっと注視しており、報告書等の公開情報によって独自に問題を追究してきた。

(2) 関連する国内外の研究動向と本研究の位置づけ

毎月勤労統計調査の問題については経済学者や統計学者などの専門家がさまざまな意見を発表してきたが、それらはこの調査に関する公開情報をほとんど参照しておらず、基本的事実認識に誤りを含むものも多い。資料を収集し、それに基づいて評価をおこなうことは、毎月勤労統計調査に関する不正とその影響をあきらかにするうえで必須の作業であるが、そうした試みは現在までほとんどみられない。本研究課題の取り組みは、そのような状況のなかで先駆的かつ重要なものといえる。

3. 応募者の研究遂行能力及び研究環境

(1) これまでの研究活動

申請者は、現代日本における女性の労働や家族形成、それにともなう経済的な男女格差の実態について、社会調査とその統計的分析による研究をおこなってきた。有志の社会学者による「社会階層と社会移動」(SSM) 全国調査プロジェクト (1995年、2005年) および日本家族社会学会による「全国家族調査」(NFRJ) プロジェクト (1999, 2004, 2009-2013, 2019) に参加し、全国規模での社会調査 (層化2段無作為抽出標本に対する訪問/留置調査) をおこなってきた。SSMプロジェクトにおいては調査対象者自宅を訪問しての面接を、NFRJプロジェクトにおいてはサンプリングおよび調査実施をおこなった。それらの経験を通じて、日本社会における社会調査の実施上の注意事項を熟知している。

NFRJプロジェクトでの活動については以下の文献を参照:

また、日本社会学会データベース委員会委員を2001-2012年につとめた経験などから、文献資料とそのメタデータの編集や検索の方法についてくわしい。2015年以降はその知識を生かして、生物学・医学分野においておこなわれてきた「卵子の老化」に関する研究とその政治的利用についての言説分析をおこなっており、その成果をつぎのようなかたちで公表している。

  • Tanaka S (2017) “Works citing Bendel and Hua on natural fecundability: a literature review on the origin of a falsified chart used in high school education in Japan”. 『東北大学文学研究科研究年報』66: 142-128. http://hdl.handle.net/10097/00107733
  • Tanaka S (2017) “Another science war: fictitious evidence on women's fertility and the 'egg aging' Panic in 2010s Japan”. Advances in Gender Research. 24: 67-92. http://doi.org/10.1108/S1529-212620170000024006
  • Tanaka S (2018) Unscientific Visual Representations Used for the “Egg Aging” Campaign in 2010s Japan (Project “Unscientific Knowledge and the Egg Aging Panic” Research Report I). http://doi.org/10.31235/osf.io/xyvsa

2018年に厚生労働省「労働時間等総合実態調査」結果の不正な利用が国会でとりあげられた際にも、同調査の過去の資料を渉猟し、それまで明らかになっていなかった過去の調査の内容とその問題点をまとめた論文を出版した。

  • 田中重人 (2019)「厚生労働省「労働時間等総合実態調査」に関する文献調査: 「前例」はいつ始まったのか」『東北大学文学研究科研究年報』68: 68-30. http://hdl.handle.net/10097/00125161

このように、申請者はこれでの研究経験によって、調査に関する文献資料を網羅的に収集し、その内容を照合しながら調査法上の問題点を検討する訓練を積んできており、本研究課題を遂行する上でじゅうぶんな能力がある。

本研究の対象である毎月勤労統計調査についても、資料の検討を部分的に進めてきており、つぎのようなかたちで発表している。

(2) 研究環境

申請者の所属する大学では、『毎月勤労統計要覧』をはじめとして、本研究課題を遂行する上で必要となる資料の多くを図書館に所蔵しており、直ちに研究を開始できる環境にある。

4. 人権の保護及び法令等の遵守への対応

本研究で収集する資料はすべて公刊された文書または電子データであり、個人情報や生命倫理、安全に関する問題は生じない。