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(TANAKA Sigeto)

日本統計学会「公的統計に関する臨時委員会報告書」はどこがおかしいのか (3): 常用労働者定義変更問題

日本統計学会「公的統計に関する臨時委員会報告書」に関する連載、 3回目は 前回の記事 に関連して、毎月勤労統計調査における2018年1月の「常用労働者」定義変更の問題。

常用労働者の定義変更

毎月勤労統計調査の対象は、5人以上の「常用労働者」を常時雇用する事業所である。常時雇用する常用労働者が5-29人の場合「第一種事業所」、30人以上の場合「第二種事業所」と呼んで区別しており、調査方法がちがう。また第二種事業所はさらに30-99人、100-499人、500-999人、1000人以上の4つにわけられ、この4区分と産業分類による「層」が設定される。対象事業所の抽出も、さまざまな指標の集計も、すべてこの層によっておこなわれる。このように「常用労働者」を常時何人雇っているかによる区別が毎月勤労統計調査においては重要である。また、 調査票 をみればわかるように、人数や現金給与額などについての質問も常用労働者についてのもの。

このように、「常用労働者」の概念は、毎月勤労統計調査の母集団、サンプル、調査内容、集計の全段階にわたるカギである。これが2018年1月から変更された。

現在の「常用労働者」の定義はつぎのようになっている:

常用労働者とは、
①期間を定めずに雇われている者
②1か月以上の期間を定めて雇われている者
のいずれかに該当する者のことをいう。
―――――
厚生労働省「毎月勤労統計調査について」(2019-07-15 閲覧) p. 2

https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/monthly/dl/maikin-setumei.pdf

これに対して、2017年までの「常用労働者」の定義はつぎのようなものだった:

3 常用労働者
事業所に使用され給与を支払われる労働者(船員法の船員を除く)のうち、
① 期間を定めずに、又は1か月を超える期間を定めて雇われている者
② 日々又は1か月以内の期間を定めて雇われている者のうち、調査期間の前2か月にそれぞれ18日以上雇い入れられた者
のいずれかに該当する者のことをいう。
―――――
厚生労働省「毎月勤労統計調査について」(2018-02-18 時点のアーカイブ) p. 2

http://web.archive.org/web/20180218184440/http://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/monthly/dl/maikin-setumei.pdf

まず、以前は船員が「常用労働者」の範囲からのぞかれていたのに対して、現在はその限定がなくなっている。ただし、現在でも「常用労働者のうち、船員法(昭和22年法律第100号)に規定する「船員」は調査の対象から除外しています」(https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/30-1d.html#link04) とのことなので、このことによるちがいは大きくなさそうだ。

この船員の件をのぞくと、定義のちがいが出てくるのは、雇用契約の期間と、過去の雇用実績の2点ということになる。

旧定義では、雇用契約が1か月以内の期間であった場合にも、雇用の実績として常用的であった場合には「常用労働者」としてあつかうというスタンスであった。このため、「前2か月にそれぞれ18日以上雇い入れられた者」という文言が入っている。つまり、実態として、2か月以上連続して同一事業所に雇用されていれば、名目上の雇用契約期間が短かろうと「常用労働者」とみなしますよ、ということである。

これに対して、2018年以降の新定義では、雇用の実績が常用的であったかどうかにかかわらず、雇用契約の期間が1箇月未満かそれ以上かという情報だけで、「常用労働者」かそうでないかを区別する。

具体的にいうと、つぎのような労働者は、旧定義では「常用労働者」にあたるが、新定義では「常用労働者」でない:

  • 1か月未満の期間を定めて雇われていて、調査期間の前2か月にそれぞれ18日以上雇い入れられていた労働者

一方、つぎのような労働者は、旧定義では「常用労働者」でないが、新定義では「常用労働者」にあたる:

  • ちょうど1か月の期間を定めて雇われていて、調査期間の前2か月のいずれかでは18日以上雇い入れられていなかった労働者

もっとも、つぎの場合は、新旧どちらの定義でも「常用労働者」にふくまれるので、定義のちがいは問題にならない:

  • 期間を定めずに雇われている労働者
  • 1か月を超える期間を定めて雇われている労働者
  • ちょうど1か月の期間を定めて雇われていて、調査期間の前2か月にそれぞれ18日以上雇い入れられていた労働者

同様に、つぎの場合は、新旧どちらの定義でも「常用労働者」にふくまれない:

  • 1か月未満の期間を定めて雇われていて、調査期間の前2か月のいずれかでは18日以上雇い入れられていなかった労働者

定義変更の影響

この変更によって毎月勤労統計調査のデータがどのような影響を受けるかは、実はほとんど検討されていなかった。今般の問題が持ち上がったあとの今年4月になって統計委員会に提出された資料でようやく、現金給与総額を0.4%程度引き下げる影響のあったことが確認された。もっともこの試算は、対象を30人以上の規模の事業所だけにかぎっている。また引用中にあるとおり、比較した2群でもともとの賃金水準がちがうなど、さまざまな留保事項に注意して結果を読む必要がある。

常用労働者の定義変更に伴う影響について[1]
〔……〕
■試算方法
○ 平成30年1月の調査対象事業所の部分入替えにおいて、新旧サンプル間のギャップを把握するために、平成30年1月分については、
・平成30年2月以降も調査を継続する事業所(継続事業所)と
・平成30年1月で調査が終了する事業所(終了事業所)
の両者の調査を実施しており、そのうち、
・継続事業所は1月から新定義で調査する一方、
・終了事業所については当月が最後の調査である
ことに鑑み、記入者負担の軽減の観点から旧定義で調査を実施。
○ 当該調査結果を活用し、「継続事業所」(1月新定義)と「終了事業所」(旧定義)の労働者数や賃金水準の変化率を比較することで、定義変更の影響を試算。

■推計方法
労働者数(本月末推計労働者数)
(1)継続事業所(平成30年1月は新定義)と終了事業所(平成30年1月は旧定義)それぞれについて、下記により平成29年12月と平成30年1月の本月末推計労働者数を算出(産業等の各要素は合計)
〔数式省略〕

(2)平成29年12月から平成30年1月の労働者数の伸びをそれぞれ算出して、その差分により影響を試算
〔数式省略〕

〔……〕
■試算結果(定義変更に伴う常用労働者数及び賃金(現金給与総額)への影響)
(1)常用労働者数については、+0.7%程度(事業所規模別では+0.2%~+2.2%)労働者数を増加させる影響(押し上げ効果)があったものと考えられる。
(2)賃金(現金給与総額)については、全体としては▲0.4%程度の影響と試算される。ただし、事業所規模別では▲1.3%~+0.5%と事業所規模によって試算結果が異なることから、賃金(現金給与総額)への影響について特段の方向性は認められない。
〔表省略〕

※本試算は、
1)比較分析の観点から平成29年12月、平成30年1月ともに集計対象となった事業所のみを対象としているため、サンプルサイズの関係から一定程度の誤差があること
2)比較対象としている二つのカテゴリーの事業所について、平成29年12月の賃金額等に差が見られ、何らかのサンプルバイアスがある可能性があること
3)「雇用期間1か月以内で前2か月18日以上の労働者」と「雇用期間1か月ちょうどの労働者」とでは季節的な変動が異なる場合には、推計結果についても季節的な影響を受けるなど定義変更以外の影響を受けている可能性があること
に留意が必要である。
―――――
厚生労働省政策統括官(総合政策、統計・情報政策、政策評価担当)「毎月勤労統計調査について」(2019年4月18日 第135回統計委員会 資料6-1 ) pp. 6-7.
http://www.soumu.go.jp/main_sosiki/singi/toukei/kaigi/02shingi05_02000312.html

http://www.soumu.go.jp/main_content/000615313.pdf

この試算は、2017年12月と2018年1月の両方で調査した事業所のデータを利用したものだ。1月で調査終了する事業所については旧定義のままで調査をおこなったのに対し、2月以降も継続調査する事業所は新定義に切り替えたので、そのちがいを利用して推計している。

もちろん、このような試算は必要である。というか、本来は、2018年1月のデータが使用可能になった時点ですぐに定義変更の影響を分析して結果を発表すべきだったもののはずだ。やることが1年遅い。

ほかにも、調査にあたってこの定義変更にともなう変動を識別するための情報はいろいろ集めているはずだから、そういうものの分析も当然必要である。たとえば 調査票 には「10 備考」という回答欄があり、「本月分の報告内容と前月分の間に著しい差がある場合は、その理由を記入してください」と具体的な回答を求めている。さらに厚生労働省サイトにある2017年11月付の文書「毎月勤労統計調査における常用労働者の定義の変更について」にはつぎのようにあり、この備考欄に常用労働者定義変更の影響を書くよう回答者に求めていたようだ。

―調査対象事業所の皆様へのお願い―
 この定義変更で、1月分調査票の5(1)「前調査期間の末日は何人でしたか。」の常用労働者数が、前月12月分調査票の5(4)「本調査期間の末日は何人でしたか。」の常用労働者数と異なることになる場合は、調査票右下の 備考欄に「定義変更による人数変動あり」とご記入ください。
 
(例) 12月分調査までは、日雇いで18日以上雇っている者2人を含めて15人を報告していた場合、1月分調査からは日雇いの者を除く 13人の報告となりますが、この場合12月分調査票の5(4)「本調査期間の末日は何人でしたか。」が 15 名、1月分調査票の5(1)「前調査期間の末日は何人でしたか。」が13名となり、一致しませんので、備考欄に「定義変更による人数変動あり」と記入してください。
―――――
厚生労働省政策統括官付参事官付 雇用・賃金福祉統計室「毎月勤労統計調査における常用労働者の定義の変更について」(平成29年11月)
(強調 は原文による。)

https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/dl/20171222_altered_definition_regular_employees_jan_h30.pdf

こうした情報を駆使して分析すれば、2017年12月から2018年1月にかけてこの定義変更に影響されて労働者数がどれくらい変化したかとか、そうした変化の大きい事業所にどういう特徴があるかとかいった知見がいろいろえられる。いまからでも分析して結果を公表するべきである。

ただ、2018年1月に調査した事業所についてその時点の情報だけを対象にする、このような分析だけでは不十分であることもまたあきらかだ。理由は3つある。

一つ目は、労働移動には季節的な変動があること。その変動パターンが、「日雇いで過去2か月間にそれぞれ18日以上雇っていた」労働者と「1か月以上の期間を定めて雇う」労働者とでちがっている可能性がある。特に、前者は旧定義では雇用開始から2か月たってはじめて「常用労働者」にカウントされるようになるという特殊な性質を持つので、新規雇い入れが多い時期が遅れてデータに反映するなどのずれがありそうだ。今回の「断層」が発覚したきっかけは、1月の調査ではなく、6月分のデータであった ということを考えれば、1月のデータだけをみて結論を出すわけにはいかない。 (このことは上記の 第135回統計委員会資料 にも注釈がある。)

二つ目は、常用労働者定義変更にともない、2018年1月以降に新しく調査対象となった事業所は、それ以前からの調査対象事業所とはちがうサンプリング・フレームから選ばれていることである。毎月勤労統計調査の対象は「5人以上の常用労働者を常時雇用する事業所」であるが、2017年まではこの「常用労働者」は旧定義に基づいて数えられていた。厚生労働省による上記の試算では2017年12月に調査対象だった事業所が対象なので、当然、旧定義に基づくサンプリングである。部分入れ替え制のため、2018年1月以降は、新定義に基づくサンプリングで選んだ事業所に順次入れ替わっていき、2019年1月で入れ替えが完了する。このサンプリング・フレームのちがいがどのような影響をあたえるかは、上の試算ではわからない。試算の対象となっている事業所は、すべて旧定義に基づくサンプリングで選んだものなのだから。

三つ目は、毎月勤労統計調査で推計の対象となっている「母集団」が、この常用労働者の定義変更によって変わる、ということだ。この推計の手続きは、事業所規模と産業によって設定した層別に「前月末母集団労働者数」の推定値を毎月定めることによる のだが、この母集団の切り替えはいつどのようにおこなわれるのかが問題である。

ベンチマーク更新問題との関連

これらのうち、三つ目の母集団労働者数の問題については、よくわからないところが多い。これは 前回記事 でもとりあげた2018年1月「ベンチマーク更新」に関する政府の説明が不透明であることに由来する。

この点について、『ハーバー・ビジネス・オンライン』が今年2月に掲載した上西充子の記事は、つぎのように疑問を呈している。

しかし筆者は、この根本大臣が「ベンチマーク更新」と答弁していることの中に、実際には日雇い労働者を対象者から除外したことが含まれていると考えている。
 2014年の「経済センサス 基礎調査」の調査票を見ると、「常用雇用者」の数を記入する欄には、「期間を定めずに、若しくは1か月を超える期間を定めて雇用している人 又は 5月と6月にそれぞれ18日以上雇用している人」という定義が書かれている。定義変更前の毎月勤労統計の「常用労働者」の定義と実質的に同じだ。
 この経済センサスは2014年に実施されている。「統計調査における労働者等の区分等に関するガイドライン」(2015年5月19日)よりも前であるため、定義変更は反映されていない。
 それに対して、2018年1月分からの毎月勤労統計では、調査対象から日雇い労働者を除外した。調査対象である常用労働者の定義から日雇い労働者を除外したということは、母集団復元する際にも、当然、日雇い労働者は除外しなければならない はずだ。
 ということは、「ベンチマーク更新」の際に、従来の更新の際と同様に規模別・産業別の構成割合の変化を反映させるだけではなく、日雇い労働者を除外した労働者の構成割合に合わせる形でも母集団復元を行わなければならない はずだ。では、それは実際にどうやっているのか。
―――――
上西充子「勤労統計問題、日雇い労働者の除外の影響をなぜ政府は見ようとしないのか」『ハーバー・ビジネス・オンライン』2019.02.18 第5ページ。
(強調 は引用者による)

https://hbol.jp/186119/5

6月に出版された明石順平『国家の統計破壊』にも同様の記述がみられる。

常用労働者数は、サンプル調査を基にベンチマークで補正をかけて算出している。そして、常用労働者の定義を変えればベンチマークも当然変化する。 その結果、総数だけでなく、個別の産業における常用労働者数もこんなに変化してしまうのだ。
 一般的に、日雇労働者の給料は低い。そのため、日雇い労働者を除外すれば当然全体の平均値は上がる。また、日雇い労働者を雇用している事業所は規模が小さいと思われるので、定義変更により、区分でいうと5~29人の規模の事業所の常用労働者が減る。つまり、ベンチマークも5~29人の事業所の常用労働者数が従前より少なく出るものに変化する。
〔……〕
 すなわち、日雇い労働者を外したことにより、5~29人の事業所のシェアが下がり、ベンチマークが賃金が高く出るものに変化した、ということである。ここで気になるのは、平成26年経済センサスの時点では常用労働者の定義は変更されていないため、どうやって新定義に合わせた補正を行ったのか、ということである。この点はブラックボックスになっている。
―――――
明石順平 (2019)『国家の統計破壊』集英社インターナショナル ISBN:9784797680386 pp. 66, 74.
(強調 は引用者による)

常用労働者の定義を変えたという以上は、推定の対象となる母集団の情報もそれにあわせて変えるのが当然ではないか、というのである。これはきわめて常識的な見解であるし、私も文書をくわしく検討するまでは、当然そうだろうと思っていた。

しかし、 前回記事 で解説したように、実は政府はそんなことは考えていない。公的に発表されている説明を信じるかぎり、2018年1月のベンチマークは、毎月勤労統計調査のそれまでのデータ (旧い常用労働者定義に基づく) による母集団労働者数推定に、2014年経済センサス-基礎調査 (これも旧い常用労働者定義に基づく) による補正を加えたものである。この説明の範囲では、 常用労働者の定義変更はベンチマークにまったく反映しない ことになっている。そして、 前回記事で「宿泊業,飲食サービス業」のデータを使って示した ように、2018年1月ベンチマーク更新による労働者数の変動の大部分は、2014年経済センサス-基礎調査と当時の毎月勤労統計調査が使っていた母集団労働者数推定値との乖離を補正したせいということで説明できてしまう。

定義変更が反映するタイミング

厚生労働省による説明を信用するなら、常用労働者の定義変更が毎月勤労統計調査の数値に反映していくのは、2018年1月以降ということになる。

事業所で雇っている常用労働者数が変わると、その事業所が属する「層」を変更しないといけないケースが出てくる。たとえば先月まで33人の常用労働者を雇っていた事業所で、今月は5人減って28人になったとすると、事業所規模の区分が「30-99人」から「5-29人」に変わる。こういうケースの母集団労働者数は https://remcat.hatenadiary.jp/entry/20190720/jss1#issues で解説したような方法で処理する (http://www.soumu.go.jp/main_content/000615414.pdf p. 3 の数式でいうと f(t) と g(t))。その具体的なタイミングはつぎのようになっている。

 事業所規模が抽出時と調査時で異なっていた場合、事業所に疑義照会等を行い、必要に応じて事業所規模の修正を行う。修正を行う場合は、内部で管理している事業所情報を直接修正するため、その修正は翌月以降も反映される。また、 集計等を行う際は、修正後の事業所規模に基づいて、データを作成する こととなる。
 事業所規模が修正された事業所は、修正前の事業所規模、産業では流出事業所、修正後の事業所規模、産業では流入事業所として扱われ、当該事業所の推計労働者数が 翌月の母集団労働者数 に反映される。
―――――
厚生労働省「毎月勤労統計調査について」統計委員会第9回点検検証部会 資料2 (2019-07-29) p. 6
(強調 は引用者による)

http://www.soumu.go.jp/main_content/000636435.pdf

2017年12月調査では常用労働者33人を雇っていた事業所が、2018年1月に調査してみたら5人減らして28人になっていたとしよう。この減少はすべて常用労働者定義変更のせいで、雇用の実態はこの2か月間まったく変わらなかったものとする。この事業所は、2018年の1-2月の調査ではつぎのようにあつかわれる。

  • 2018年1月は移動先の区分 (5-29人) に属するものとして集計される。
  • しかし、2018年1月調査の結果の母集団推定は2017年12月末の母集団労働者数に対しておこなうものであるため、この時点ではまだ母集団労働者数の移動はおこらない
  • 2018年1月末の労働者数は、2017年12月末の母集団労働者数に 2018年1月調査による 前月末労働者数 e0 と本月末労働者数 e1 との比 e1 / e0 をかけたものである。ここで e1 と e0 はどちらも新しい常用労働者定義にしたがって調査されている (この例では28人に相当) ので、定義変更による「常用労働者」該当人数の変化を反映しない。
  • 2018年2月の調査については、2018年1月末の母集団労働者数に対しての推定になるが、このときに、2017年12月調査と2018年1月調査との間に規模区分を変更した事業所があったことが認定されて、その移動分にあたる人数 (この場合は 28人×抽出率逆数) を、30-99人規模の当該産業の母集団労働者数 (2018年1月調査の「本調査期間末」労働者数) から引き、5-29人規模の当該産業の層に加える。

この厚生労働省の説明が正しいなら、2018年1月の常用労働者定義変更による事業規模区分変更の影響は、2018年2月の調査結果において母集団労働者数の変化としてあらわれることになる。

しかし実際の毎月勤労統計調査データでは、2018年2月の調査結果でそのような変動が起こっているようには見えない。前回記事でもとりあげた、「宿泊業,飲食サービス業」のデータを再度見てみよう。

表1: 「M 宿泊業,飲食サービス業」の推定母集団労働者数の変化 (2017年12月~2018年2月)

データ 5-29人規模 増分 30-99人規模 増分
2017年12月 毎月勤労統計調査*「前調査期間末」 3,422,042 1,006,140
2017年12月 毎月勤労統計調査*「本調査期間末」 3,430,970 8,928 1,015,468 9,328
2018年1月 毎月勤労統計調査*「前調査期間末」 2,873,286 -557,684 1,088,577 73,109
2018年1月 毎月勤労統計調査*「本調査期間末」 2,848,979 -24,307 1,085,761 -2,816
2018年2月 毎月勤労統計調査*「前調査期間末」 2,854,174 5,195 1,085,385 -376
2018年2月 毎月勤労統計調査*「本調査期間末」 2,840,340 -13,834 1,075,888 -9,497

出典は https://remcat.hatenadiary.jp/entry/20190803/jss2#m 表3とおなじ。
調査名右肩の * は東京都での不正抽出による抽出率のちがいを考慮した再集計であることを示す。

表1では、2018年1月調査の「本調査期間末」と2月調査の母集団推定で使う「前調査期間末」との間には、376人あるいは5195人のちがいしかない。母集団労働者数に対する比率でいうと0.03%から0.2%くらいの差であり、変化の量はすごくちいさい。これに対して、前回記事で確認したように、ベンチマーク更新のあった2017年12月調査の「本調査期間末」の労働者数と2018年1月の「全調査期間末」の労働者数の間には、2014経済センサス-基礎調査を基準とした補正では説明のつかない変化が4%から5%もある。こちらのほうがずっと大きい。

この母集団労働者数推定値のデータからみるかぎり、2018年2月の動きは小さく、2018年1月の動きは大きすぎるのである。常用労働者定義変更に起因する事業所規模区分変更の影響は、2018年2月ではなく、1月の「断層」のところにふくめて処理されているのではないかという疑いは持っておくべきであろう。

この事業所規模区分変更の効果以外に、常用労働者の定義が変更された2018年1月以降の調査によって、労働者数の 変化 がすこしずつ推定母集団労働者数を変えていくことにはなる。これ以降の調査は新定義に基づいておこなわれるし、調査対象も新定義のサンプリング・フレームから抽出した事業所に入れ替わっていくので、この変化は新定義に沿って測定した常用労働者の数の増減を反映するはずである。ただ、そうはいっても出発点が旧定義であたえられていることに変わりはないので、たぶん大勢に影響はない。定義の変更が母集団に完全に反映するのは、次回のベンチマーク更新時 (2021年?) ということになるのだろう。

常用労働者定義変更を無視することの問題点

さて、日本統計学会 「公的統計に関する臨時委員会報告書」(第一部) は、この常用労働者定義変更の問題を完全に無視している。報告書中でひとことも触れていないのである。毎月勤労統計の過去のデータとの比較可能性を考えるうえでこの定義変更の問題は重要な争点であるから、この態度はまったく不可解である。

もし日本統計学会がこの常用労働者定義変更問題を正面から取り上げていたらどうなっていただろうか?

まずはっきりしていることは、この場合、「公的統計に関する臨時委員会」メンバーは大量の資料を検討するとを余儀なくされただろうということだ。常用労働者の定義変更が調査にどのような影響をあたえたかについてのまとまった資料が存在しないからである。精確な情報をえようと思えば、断片的な資料 (2018年に不正が発覚する以前のものをふくむ) を集めて再構成する以外にない。そのような作業がきちんとおこなわれていたなら、関連資料をほとんど読まずに書いたとしか思えない頓珍漢な報告書が世に出ることはありえず、私が 批判のための記事を当ブログに連載する 必要もなかっただろう。

実際、毎月勤労統計調査に関する資料をかなりの程度読み込んだ論者であっても、この常用労働者定義に関する事柄を正確に把握するのはむずかしい。先に引用した明石順平『国家の統計破壊』の文章にあったように、現状では常用労働者定義変更に関する処理は事実上「ブラックボックス」になってしまっている。これは厚生労働省の情報公開の問題である。

2018年1月「断層」には、4つの原因 (調査対象事業所入替、ベンチマーク更新、第一種事業所での抽出率逆数による「復元」の導入、常用労働者定義変更) があったとされる。これらのうち、最初のふたつについて、厚生労働省は事業所と推計比率を固定した「共通事業所」集計*1 を出している。これは2017年以前からあらかじめ計画されていたものだった。3つ目の抽出率逆数による「復元」作業については、問題が発覚して1か月もたたないうちに「再集計」をおこなった結果を提供している。これらの影響を除いて比較をしたいときは何をみればいいか、という問いに対して、いちおうは回答を用意してきたわけである。

ところが、常用労働者定義変更については、厚生労働省はこのような情報を用意してこなかった。それどころか、定義変更の影響をどのようにして測ればいいかということ自体を検討した形跡がない。 当記事で紹介した4月18日統計委員会資料 も、国会での追及があってはじめて試算をおこなった ものである。しかもそのデータには、母集団労働者の4割以上を占める30人未満規模の事業所をふくまず、比較している集団間のバイアスを除去できていないという、あきらかに準備不足の内容であった。このようなフザケた消極的な姿勢がどこから生まれたのかは、統計管理体制の改善を考えるうえで重要なポイントであろう。

これは、政府統計全体に関わる問題でもある。というのは、常用労働者の定義変更は、厚生労働省が単独で決めたわけではなく、政府統計全体で移行することを決めたものだからだ。

3 適用範囲・適用時期
 本ガイドラインは、別紙2に掲げる事業所母集団データベースに調査結果を記録する基幹統計調査のうち、①直接雇用と間接雇用、②常用労働者と臨時労働者及び③常用労働者の内訳を調査事項としている統計調査に適用する。なお、各府省は、その他の事業所・企業を調査対象とする統計調査についても、趣旨・目的を踏まえつつ、順次本ガイドラインの全部又は一部を適用する可能性を検討し、統計間の比較可能性の向上に努力する。
 また、本ガイドラインは、 平成28年経済センサス-活動調査から適用し、その他の統計調査については、平成28年経済センサス-活動調査の基準となる期日以降に企画する統計調査について順次適用する。
〔……〕
 常用労働者と臨時労働者を調査事項としている統計調査においては、定義・区分を簡素化・明確化することにより(別紙4参照)、世帯・個人を調査対象とする統計調査との比較可能性の向上を図る。具体的には、「雇用契約期間の定めがない労働者」及び「雇用契約期間が1か月以上の労働者」を常用労働者とし、「雇用契約期間が1か月未満の労働者」を臨時労働者とする。これにより、「雇用契約期間が1か月以内の労働者」については、現在、前2か月の実労働日数により常用労働者か臨時労働者に区分されているが、前2か月の実労働日数に関係なく「雇用契約期間が1か月ちょうどの労働者」は常用労働者に、「雇用契約期間が1か月未満の労働者」は臨時労働者に区分される。
〔……〕

別紙2
事業所母集団データベースに調査結果を記録する統計調査
〔……〕
厚生労働省
 毎月勤労統計調査
 賃金構造基本統計調査
 医療施設調査
―――――
「統計調査における労働者の区分等に関するガイドライン」(2015年5月19日 各府省統計主管課長等会議申合せ)
(強調 は引用者による。原文にあった文字強調は省略した。)

http://www.soumu.go.jp/main_content/000365495.pdf

この引用文中、「平成28年経済センサス-活動調査の基準となる期日」というのは、 2016年6月1日 である。これ以降に企画する統計調査について順次適用することが前提であれば、毎月勤労統計調査の場合、2018年1月の第一種事業所サンプル替えのところから適用、というのは自然な成り行きではあった。

問題は、なぜ経済センサス-活動調査を期日の基準としたのか、である。https://remcat.hatenadiary.jp/entry/20190720/jss1#freq で指摘したとおり、毎月勤労統計調査が母集団推定に利用しているのは経済センサス-基礎調査であって、活動調査ではない。新定義を導入した2016年経済センサス-活動調査の実施後に定義を切り替えたとしても、実際に利用できるのは旧定義で実施された2014年経済センサス-基礎調査の母集団情報なのであり、調査対象と推定対象の間に必然的に齟齬が生じる。それでかまわないというのが、上記のガイドラインを決めた各府省統計主管課長等会議の判断だったわけである。この判断について、日本統計学会はどう評価しているのだろうか?

常用労働者定義変更問題は、毎月勤労統計調査にとっては過去の話ではない。上でみたように、現在のところ定義変更は推定母集団労働者数にほとんど反映していないはずだからだ。つぎのベンチマーク更新の際、このことは再度問題として浮上する。現在使われているベンチマークは 5年も前の情報に基づくもの である。しかも 推定方法の不備によって実態から乖離した母集団推定になっている 可能性が高い。おそらく、ベンチマーク更新による 巨大な断層の発生と過去との比較可能性の喪失という失態が、近々再演される だろう。常用労働者定義変更の効果はその予測可能な一部なのだ。せめてその点については、「統計学の専門家集団としての日本統計学会」が警告と提言をおこなうべきところである。



日本統計学会「公的統計に関する臨時委員会報告書」はどこがおかしいのか

  1. 母集団補助情報に関する誤解 (2019-07-20)
  2. ベンチマーク更新について (2019-08-03)
  3. 「常用労働者」定義変更問題 (2019-08-09)
  4. サンプル間引き問題と誤差評価 (執筆中)
  5. 文献の軽視と批判精神の欠如 (執筆中)

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この記事の履歴

2019-08-09: 公開
2019-08-09: 訂正:「事業者規模区分変更」→「事業所規模区分変更」
2019-08-09: 訂正:「するとを余儀なく」→「することを余儀なく」


*1:「共通事業所」集計は、長期間にわたる調査に継続的に答えた事業所だけに限ったもの。したがってそのことに起因する偏りを持つ。特に2018年データにおける30人以上規模の事業所については、2015年から3年を超えた長期間の調査をつづけてきたため、偏りも大きいはずであることに注意。