remcat: 研究資料集

(TANAKA Sigeto)

「8割は人にうつさない」は嘘? (2): 専門家の情報操作

2月末~3月頭の政府情報と報道

前回記事 「「8割は人にうつさない」は嘘? (1): Nishiura et al (2020) 論文をどう読むか」 でとりあげた厚生労働省Q&Aのグラフが公表されたのは、2月29日のようである。厚生労働省「新型コロナウイルスに関するQ&A(一般の方向け)」履歴を The Internet Archive からたどると、つぎのようになっている。

令和2年2月27日時点版
http://web.archive.org/web/20200229024526/https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/dengue_fever_qa_00001.html
令和2年2月29日時点版
http://web.archive.org/web/20200229174116/https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/dengue_fever_qa_00001.html#Q12
令和2年3月3日時点版
http://web.archive.org/web/20200304012722/https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/dengue_fever_qa_00001.html#Q14

この翌日の3月1日には、厚生労働大臣が記者会見をおこない、つぎのように説明した。

3月1日(日)
〔……〕
集団感染が起こり得る状況に関する傾向や、国民の皆さんに避けていただきたい点について、専門家のご意見を踏まえさせていただきました。こちらのパネルがそうであります。これまで国内で感染が明らかになった方のうちの8割の方は、まず、他の方に感染をさせていないということが、一つ指摘をされています。一方で、集団感染が起こった共通点を踏まえると、特に「換気が悪い」、「人が密に集まって過ごすような空間」、「不特定多数の人が接触するおそれが高い場所」が、共通点として指摘をされ、そうした場所では感染を拡大させるリスクがあると考えられます。国民の皆さんには、是非このような場所を避けていただくよう、お願いをしたいと思います。
――――
厚生労働大臣記者会見 2020-03-01
※強調は原文通り

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000121431_00087.html#kakokaiken

このときの「会見時配付資料」としてアップロードされている「新型コロナウイルスの集団感染を防ぐために」(PDF) にはつぎのようにある。

◆これまでに国内で感染が明らかになった方のうちの8割の方は、他の人に感染させていません。
◆一方、スポーツジム、屋形船、ビュッフェスタイルの会食、雀荘、スキーのゲストハウス、密閉された仮設テントなどでは、一人の感染者が複数に感染させた事例が報告されています。
このように、集団感染の共通点は、特に、
「換気が悪く」、「人が密に集まって過ごすような空間」、「不特定多数の人が接触するおそれが高い場所」 です。


国民の皆さまへのお願い
換気が悪く、人が密に集まって過ごすような空間集団で集まることを避けて ください。
◇ イベントを開催する方々は、風通しの悪い空間や、人が至近距離で会話する環境は、感染リスクが高いことから、その規模の大小にかかわらず、その開催の必要性について検討するとともに、開催する場合には、風通しの悪い空間 をなるべく作らないなど、イベントの実施方法を工夫してください。

これらの知見は、今後の疫学情報や研究により変わる可能性がありますが、現時点で最善と考えられる注意事項をまとめたものです。


厚生労働省では、クラスターが発生した自治体と連携して、クラスター発生の早期探知、専門家チームの派遣、データの収集分析と対応策の検討などを行っていくため、国内の感染症の専門家で構成される「クラスター対策班」を設置し、各地の支援に取り組んでいます。
――――
厚生労働省「新型コロナウイルスの集団感染を防ぐために」令和2年3月1日版
※強調は原文通り

https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000601720.pdf

どういうデータをどう分析したどういう結果に基づくものかの説明はなく、単に「専門家のご意見を踏まえ」たものだということだけが説明されている。

この記者会見を報じる新聞記事には、すこしトーンのちがうものがあった。

加藤勝信厚生労働相は1日、記者会見を開き、新型コロナウイルスの感染者の8割が他者に感染をさせていないとする見解をまとめた。政府の専門家会議がこれまで国内で発生した事例を分析した結果という。他者への感染は換気が悪く、人が密集して不特定多数と接触する場合に起きやすいとして、こうした場所を避けることを求めた。

〔……〕

感染力の大きさは、1人の感染者が何人に感染させるかを示す「基本再生産数」で示される。この数値が1未満だと感染は自然と収束する。世界保健機関(WHO)は新型ウイルスの基本再生産数を1.4~2.5と推計している。

しかし、専門家会議の分析によると国内の事例を細かく分析すると大半の感染者は基本再生産数は0か1未満。換気が悪いなど特殊な環境で一気に感染が拡大していることで、平均して2前後の基本再生産数になっているとみられる。
――――
日本経済新聞「新型コロナ感染者「8割は他にうつさず」 厚労省見解」 2020-03-01 22:31

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO56252770R00C20A3CE0000/

冒頭では「感染者の8割が他者に感染をさせていない」という記者会見内容をそのまま繰り返している。しかし後半では「平均して2前後の基本再生産数になっているとみられる」ということで、現状では感染力は非常に強いことが示唆されている。これが専門家会議メンバーへの取材によるものなのか、それ以外の情報によるかは不明である。

さらに翌日、政府の新型コロナウイルス感染症対策専門家会議が出した「新型コロナウイルス感染症対策の見解」は、つぎのような内容であった。ここにもデータの説明はない。

1.この一両日で明らかになったこと

(1)症状の軽い人からの感染拡大
これまでは症状の軽い人からも感染する可能性があると考えられていましたが、この一両日中に北海道などのデータの分析から明らかになってきたことは、症状の軽い人も、気がつかないうちに、感染拡大に重要な役割を果たしてしまっていると考えられることです。なかでも、若年層は重症化する割合が非常に低く、感染拡大の状況が見えないため、結果として多くの中高年層に感染が及んでいると考えられます。

(2)一定条件を満たす場所からの感染拡大
重症・軽症に関わらず約80%の方は、他の人に感染させていません
一方で、一定条件を満たす場所において、一人の感染者が複数人に感染させた事例が報告されています。 具体的には、ライブハウス、スポーツジム、屋形船、ビュッフェスタイルの会食、雀荘、スキーのゲストハウス、密閉された仮設テント等です。このことから、屋内の閉鎖的な空間で、人と人とが至近距離で、一定時間以上交わることによって、患者集団(クラスター)が発生する可能性が示唆されます。そして、患者集団(クラスター)が次の集団(クラスター)を生むことが、感染の急速な拡大を招くと考えられます。
――――
新型コロナウイルス感染症対策専門家会議「新型コロナウイルス感染症対策の見解」 2020-03-02
※強調は原文通り

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/newpage_00011.html

真の2次感染数分布?

さて時間を戻して、大臣記者会見のあった3月1日夕方、医師の高山義浩氏がFacebookに興味深い投稿をしている。

もうひとつの明るい情報とは、新型コロナの感染力がインフルエンザほどではなさそうだということ。国内で発見された確定患者の濃厚接触者(1症例あたり数名から数十名)を保健所が追跡していますが、その後に感染が確認されたのが、ほぼ、同居者など家族に限られているのです。これがインフルエンザだったら、もっと学校や職場でのクラスターが確認されるものです。

ただし、例外があります。密集した閉鎖空間に長時間いたことから、大人数に感染させてしまう事案が発生しています。SARSやMARSの流行でも指摘されていたことですが、今回の新型ウイルスでも、1人で多人数に感染させてしまうスーパースプレッダーがいることが明らかになりました。ほとんどの方は1人以下にしか感染させていなくても、スーパースプレッダーが一定数いると、平均値としての基本再生産数(R0)が引き上げられてしまいます。

R0とは、定義上では「ある感染者がその感染症に免疫を全く持たない集団に入ったとき、感染性期間に直接感染させる平均の人数」とされます。理論上、1以下になれば封じ込められますね。これは、発症者が外出自粛を心がけるとか、咳エチケットが定着しているといった環境因子に影響されます。

実は、(発生当初の)中国と(現時点での)日本の違いとは、このスーパースプレッダーの数だと考えられています。まあ、武漢の現場を見ずに勝手なことを言うべきではないと思いますが、中国における衛生行動は飛沫感染や空気感染にナイーブなものの、接触感染には無頓着であった可能性があります。とくに、(混雑によって)清掃が不十分な病院環境がスーパースプレッダーを生み出してしまった。

だから、中国におけるR0が高めに出ているのでしょう。一方、日本では散発的なスーパースプレッダーを生み出すのみであり、日本人の手洗いを含めた衛生行動が比較的奏功している可能性があり、R0を低めに導いているものと考えられます。まあ、後から対策する側として、中国から学ばせていただいているわけですが・・・。

このことを概念図としたのが添付になります。インフルエンザと比して、新型コロナの再生産数(1人が感染させた人数)のすそ野が広いことが特徴です。このため平均値としてのR0は高めに出ており、とくに中国ではインフルエンザ以上の値を示してしまいました。でも、今のところ、日本ではR0は低めに出ているようです(具体的な数値は投稿中なので待ちましょう)。

さらに徹底してスーパースプレッダーを封じ込むことができたとしたら・・・、R0は1以下となり、疫学リンクが追えようが追えまいが、自然に終息する可能性が見込まれます。これがいま、政府の専門家会議のメンバーらが主張しておられることです。

これまでの内外における積極的疫学調査のデータを見ると、どうやらスーパースプレッダーとは「人」の特性ではなく、「環境」の特性によるものと考えられます。つまり、クルーズ船とか、宗教団体の集会とか、屋形船とか・・・ そのような環境をウイルスに提供しないことが重要なんですね。

〔……〕


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高山義浩 Facebook への投稿 2020-03-01 17:52

https://www.facebook.com/100001305489071/posts/2726515674068589/

この投稿へのコメント欄では次のやりとりがある。

【花木 秀明】 このデータはどこにでてます? 貴重なので教えてもらえると助かります。

【高山義浩】 具体的な数値は、現在、投稿中と聞いております。

【高山義浩】 こちらの問12で基礎データが公表されていました。ご参考まで。
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/dengue_fever_qa_00001.html?fbclid=IwAR3x4QY3Ic-PYQIVbidpI7m3V0WYOeWeDZCpx9B-IZq_uO6QsB3BPnu_lI8#Q12
――――
高山義浩 Facebook への投稿 2020-03-01 17:52
※ 【 】内はコメント投稿者名

https://www.facebook.com/100001305489071/posts/2726515674068589/

現在では厚生労働省「新型コロナウイルスに関するQ&A(一般の方向け)」の問番号が変わっていて、当時の問12は 現在の問14 にあたる。つまり 前回記事 で批判した「8割は人にうつさない」グラフと、高山が添付で示した「概念図」は、おなじデータからつくられているのだ。しかし、受ける印象はまったく違う。

高山の「概念図」では、半分以上の感染者が、1件以上の2次感染を起こしている。「人にうつさない」のは2次感染数が0.5未満の部分に相当すると考えると、その範囲に該当するのはおそらく3割以下である。また1-3件程度の2次感染を起こすケースが相当の厚みをもって存在している。

これはたぶん、「概念図」のほうはデータの暗数を補正しているからだろう。図中に「R0 < 1.7 ?」とあるので、ひとりの感染者から平均1.7人に感染するくらいのことはありうる、という前提になっているわけだ。110人の感染者から平均1.7人に感染すると、2次感染者は 110×1.7 = 187 になる。https://remcat.hatenadiary.jp/entry/20200403/80pct#data で指摘したように、厚生労働省のデータでは110例の1次感染から61しか2次感染が出ていなかったので、その3倍強である。この足りない分を補って2次感染数の分布を推定したのであろう。

高山本人は専門家会議のメンバーではないが、近い立場にいるようであり、上記の投稿は「政府の専門家会議のメンバーらが主張しておられること」を紹介する体裁で書かれている。この投稿から判断するかぎり、専門家会議では、厚生労働省のデータで把握できる国内の感染者数には相当の暗数があること、それを補正すれば再生産数は相当高くなることを認識していたようである。

この概念図は、(高山の意図に反して) 極端に2次感染数が多い「スーパースプレッダー」の出現さえおさえればCOVID-19の流行を終息に持っていける、という説に対しても、明確な反論材料を提供している。この図は、2次感染の大部分はスーパースプレッダー以外から生じていることを示唆しているからである。高山は7人以上に感染させる場合を「スーパースプレッダー」とイメージしているようであるが、それに該当する部分は、かなり頻度が低い。その一方で、多数の普通レベルのスプレッダーがいて、ひとりあたり1-6人に感染を広げている。グラフから6.5以上の部分を切り取ったとしても、平均値は依然として1以上になる。

暗数を補ったこのようなグラフが当初からひろく広報されていれば、「8割は人にうつさない」説が人口に膾炙することもなかったし、スーパースプレッダーさえおさえれば大丈夫、といった楽観論が大勢を占めることもなかっただろう。しかし、厚生労働省、クラスター対策班、そして専門家会議が選択したのは、2次感染をほとんど捕捉できていない2次感染数のグラフを出して「8割の方は他の方に感染をさせていない」という宣伝を展開することであった。