データ撤回の報道
厚生労働省「労働時間等総合実態調査」(2013年度) データの問題について、厚生労働大臣が「裁量制に関するデータを撤回すると答弁した」(3月23日国会 衆議院厚生労働委員会) との記事が出ている。
加藤勝信厚労相は23日の衆院厚労委員会で、問題の調査のうち、裁量制に関するデータを撤回すると答弁した。裁量制で働く人の労働時間が「1日1時間以下」と記入されていた25事業所を再調査した結果、実際の労働時間が1時間程度だった事業所はなかったため。
https://mainichi.jp/articles/20180323/k00/00e/010/277000c
〔……〕
加藤氏は23日の厚労委で「(調査結果は)実態を反映したものとは確認できなかった。政府として撤回させていただく」と説明した。厚労省は22日の野党ヒアリングでデータの誤りを報告していた。
問題となったのは「2013年度労働時間等総合実態調査」。厚労省はデータに疑義が生じたことを受け、調査対象となった1万超の事業所のデータ精査を進めている。データ問題を受け安倍晋三首相は裁量制を法案から削除すると表明。一方、データ自体の撤回については国会で「撤回は適切ではない。精査することが大切だ」などと答弁し、加藤氏も同様に拒否していた。
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毎日新聞 (2018-03-23) 「厚労相 裁量制データを撤回 労働時間「実態反映せず」」
何を撤回したのかはこの記事からはよくわからない。時事通信による同日の記事 「裁量労働のデータ撤回=実態反映せず―加藤厚労相」 では「裁量労働制のデータそのものについては撤回する」となっており、この記事に対する上西充子コメント では「25年度調査のうち、裁量労働制に関する質問項目への回答部分の個票データが撤回された」と解説している。
25事業所再調査報告
この「25事業所を再調査した結果」については、前日 (3月22日) の野党合同ヒアリングで厚生労働省から報告されていたようである。Twitter にあがっていた1枚の画像から書き起こすと、つぎのようになる。
平成30年3月22日
厚生労働省労働基準局平成25年度労働時間等総合実態調査で裁量労働制の労働時間の状況が1時間以下である25件のデータの調査結果について
○ 原票を確認したところ、誤入力が認められたのは1件であった。(※)
また、対象事業場のみなし労働時間は最短7時間30分から最長10時間であることが確認された。
※ただし、0時間45分を1時間00分を入力していたもの○ さらに、労働基準監督官が直接事業場に訪問し、担当者からのヒアリングや書面を確認した結果は、以下のとおり。
・調査対象となった25事業場のうち、3事業場は廃止となっており、7事業場においては当時の資料が残されておらず確認できなかった。
・残る15事業場について確認したところ、平成25年4月当時の当該事業場の労働時間の状況 (※) をみる限り、7時間を下回る者はいなかった。
※平成24年度下半期に届け出られた定期報告又は平成25年4月当時における労働時間の状況・また、平成25年4月当時、14事業場においてはみなし労働時間が1つだけ設定されていた。また、1事業場においてはみなし労働時間が2つ設定されていたが、いずれも特段短いみなし労働時間は設定されていなかった。
当該15事業場すべてにおいて、労働時間の状況が1日1時間程度の対象労働者はいなかったとの回答を得た。○ 上記の調査結果から、労働時間の状況が1時間以下というデータは、実態を反映したものではなかったと判断せざるを得ない。
https://twitter.com/mu0283/status/976702587138224128
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上西充子 2018-03-22 のツイート写真より田中書き起こし
話が複雑でわかりにくいのだが、要約するとつぎのようなことだろう:
- データ中に、裁量労働制の適用される労働者の「労働時間の状況」を調べた数値が4種類 (専門業務型、企画業務型について、それぞれ「最長の者」「平均的な者」) あるのだが、そのなかに1時間以下の数値のある事業場が25あった
- これらのうち、1件は誤入力で、監督官の手書き原票では「0時間45分」と書いてあったものを、誤って「1時間00分」と入力していた 〔元の45分というのも短すぎて不審なので、以下の再調査の対象になっているはず〕
- 原票によれば、これら25事業場のみなし労働時間は、最短でも7時間30分であった
- 25件のうち、10件については、すでに事業場自体がなくなっていたり、当時の資料がなかったりして、実地での確認ができなかった
- のこる15事業場については、そんな短い労働時間の者は当時いなかったという回答であった
- 当該事業場からの定期報告やみなし労働時間などの過去の記録によっても、1時間以下の労働時間の者が実際にいたことをうかがわせるデータはない
以上のように、1日1時間以下の労働しかしない労働者がいたという裏付けは全然とれないので、これらのデータはまちがいだろうという結論である。
さて、どうしてこのような変な数値が混入したのか。有力な仮説は、1日の労働時間そのものではなく、時間外労働時間に該当する時間数 (おそらくみなし労働時間との差) を監督官が記入したのではないかということである。現在までのところ、労働時間等総合実態調査の調査票や調査要領はそのほとんどを黒塗りにした状態でしか開示しておらず、全体像がつかみにくいのだが、下記のツイートの写真からは、一般労働者について時間外労働の時間数を記録したあとで、似た形式で裁量労働制の場合の「労働時間の状況」を記録しており、監督官が記入するときに勘違いしやすい仕組みになっていたことがうかがえる。
要は、「労働時間の状況」(右)として、一般労働者の場合(左)と同様に、残業時間を回答していた疑いが強い。
https://twitter.com/mu0283/status/976703261469061121
0時間が記入されているものも。
4時間以下120件も同様と考えられる。
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上西充子 (2018-03-22 のツイート)
なお、「0時間が記入されているものも」というのは、おそらく、ID=11060 の事業場で、「専門業務型裁量労働制」で「平均的な者」の「労働時間の状況」が0:00 であったケースのことだろう。これは8人の事業場で、専門業務型裁量労働制の「最長の者」の労働時間の状況は6:45になっているのだが、「平均的な者」のほうはゼロ時間になっているのだ。このケースをこの値のままにして、「平均的な者」の労働時時間の状況の平均値をデータ全体について求めると、9:19となり、第104回労働政策審議会 の資料2-1の表50の値 (9:20) より1分短くなってしまう。この 0:00 を欠損値に変更して計算から除外すると表の平均値と一致するので、たぶん集計時にそのような訂正がされたのだろうと私は推測している。現在 http://tsigeto.info/mhlwdata/ で公開している素データ (2018-02-21版) も、この操作を加えたものである。*1
集計結果への影響
上で述べた推測が正しければ、誤記入が生じた原因は、監督官の勘違いによって時間外労働時間に相当する時間数 (裁量労働制の場合には「みなし労働時間」が設定されるので、おそらくはそれと実際の労働時間との差分) を書いてしまったということである。調査票の設計がそういうミスを誘発しやすいようになっており、また、調査実施後にそうした点のチェックもなかったのだろう。
そうとすれば、今回厚生労働省が再調査した1時間以下の数値だけでなく、もっと大きい数値の場合にも、同様のミスが生じている可能性がある。たとえば「10時間0分」と書いてあったとしても、それがそのまま1日の労働時間をあらわしているのか、それともみなし労働時間 (たとえば7時間) を足して1日17時間労働と考えるべきなのかは、判別しようがないことになる。
なかでも、1日2時間や3時間といった短い労働時間が記録されている場合、1日の労働時間としては短すぎるのであり、上記のような記入ミスが起こっているおそれが大きい。http://tsigeto.info/mhlwdata/ の素データ (2018-02-21版) を使って、5時間未満の「労働時間の状況」が記録されているケースを抜き出してみた。専門業務型、企画業務型についてそれぞれ「最長の者」「平均的な者」の2種類が記録されているので、4つの変数が該当する。一方のタイプの裁量労働制だけを採用している事業場ではもう一方は欠損値になっているが、それは下記の出力では ----- であらわしている。
(時間:分) -------------------------------------- ID 専門業務型 企画業務型 最長者 平均的 最長者 平均的 -------------------------------------- 300 2:39 2:39 ----- ----- 427 ----- ----- 4:00 4:00 566 ----- ----- 2:45 1:00 609 3:30 1:30 ----- ----- 868 5:00 3:00 ----- ----- 954 5:27 2:17 2:32 2:24 1210* 7:00 1:00 ----- ----- 1217 ----- ----- 5:21 3:47 1224* 5:30 2:30 7:30 3:00 1503 2:30 1:00 ----- ----- 1804 ----- ----- 2:00 1:00 1897 3:00 1:30 3:00 1:30 2208* 6:12 3:45 4:58 4:21 2421* 6:00 3:00 ----- ----- 2466 ----- ----- 3:00 3:00 2538 2:00 1:30 ----- ----- 2552* 12:00 3:30 ----- ----- 2654 ----- ----- 2:30 1:00 2757 ----- ----- 3:30 2:00 2806 4:45 2:25 ----- ----- 2809 ----- ----- 4:30 1:00 2822 ----- ----- 2:30 1:00 2843 2:05 1:22 1:13 1:13 2918 3:45 1:00 ----- ----- 3183* 6:00 1:00 2:00 2:00 3188 ----- ----- 4:57 1:30 3197 ----- ----- 4:00 4:00 3263 1:50 1:00 ----- ----- 3307 3:00 1:00 ----- ----- 3309* 6:15 2:45 ----- ----- 3321* 15:00 1:05 ----- ----- 3347* 12:00 1:00 ----- ----- 3364 ----- ----- 5:00 2:00 3470 4:50 3:24 ----- ----- 3884* 11:15 3:15 4:00 1:15 3928 4:12 1:41 ----- ----- 4157* 6:30 4:00 ----- ----- 4174* ----- ----- 6:45 1:00 4179 ----- ----- 4:45 1:00 4222 4:01 2:00 ----- ----- 4356 3:30 1:00 ----- ----- 4412* ----- ----- 6:50 4:47 4423 3:31 2:21 ----- ----- 4457* ----- ----- 10:30 2:00 4669 3:30 3:00 ----- ----- 4878 3:18 2:48 ----- ----- 5012 ----- ----- 4:15 3:00 5014 4:00 2:00 ----- ----- 5157 ----- ----- 2:00 2:00 5247 2:00 2:00 4:00 2:00 5249* 4:30 1:45 6:15 2:00 5407 ----- ----- 3:09 2:54 5415 3:15 1:15 ----- ----- 5449 ----- ----- 3:34 2:35 5473 ----- ----- 2:15 2:15 5514* 11:45 4:30 ----- ----- 5533 ----- ----- 3:45 3:00 5546 1:00 1:00 ----- ----- 5608 ----- ----- 2:00 2:00 5614 ----- ----- 4:45 4:45 5636 2:00 2:00 ----- ----- 5691 3:24 1:24 ----- ----- 5707 ----- ----- 4:00 3:00 5753 3:00 2:00 ----- ----- 5808 4:30 4:30 ----- ----- 5968 4:45 2:15 ----- ----- 6001 3:40 3:00 ----- ----- 6073* 13:00 1:45 ----- ----- 6186* 2:00 2:00 22:30 12:41 6274 3:30 3:00 ----- ----- 6281 3:47 3:22 ----- ----- 6333 ----- ----- 2:00 1:00 6415 ----- ----- 2:30 2:30 6534 ----- ----- 3:40 1:30 6552 4:00 4:00 ----- ----- 6691 4:45 1:00 3:45 1:15 6699* 7:45 4:00 ----- ----- 6798 1:00 1:00 ----- ----- 6800 4:55 3:00 ----- ----- 6996 4:00 2:30 ----- ----- 7022 4:35 3:15 ----- ----- 7023* 6:00 1:00 ----- ----- 7106* 6:00 2:45 4:30 2:30 7258 3:30 3:00 ----- ----- 7487 ----- ----- 4:00 1:00 7503 ----- ----- 3:00 2:00 7554* 9:30 3:00 ----- ----- 7663 ----- ----- 4:10 0:30 7700 2:06 1:47 ----- ----- 7733 4:30 2:15 ----- ----- 7741 ----- ----- 3:40 3:40 8225 4:10 1:45 3:10 1:35 8259* 5:00 2:00 6:00 4:00 8270* 23:00 4:45 ----- ----- 8960 ----- ----- 3:45 3:45 9195 ----- ----- 1:40 1:40 9207 ----- ----- 3:00 1:30 9401 2:14 1:00 ----- ----- 9604 5:40 2:00 ----- ----- 10124 4:48 4:06 ----- ----- 10344 ----- ----- 4:12 1:00 10578 4:00 2:00 ----- ----- 10580 3:00 1:30 ----- ----- 10672 5:00 2:00 ----- ----- 10783 3:00 1:00 ----- ----- 10865 ----- ----- 2:04 1:08 10920 ----- ----- 3:47 3:47 11106 ----- ----- 5:15 2:45 11372 2:30 1:30 1:45 1:30 11481* 13:25 2:00 10:25 2:00 11549 ----- ----- 2:00 2:00 11551 4:25 3:30 ----- ----- -------------------------------------- ID右肩の * はその行に6時間以上の数値があることを示す
全部で112事業場である。
多くは、たとえば「最長の者」が3時間なのに対して「平均的な者」が1時間などのような感じで、やはり常識に照らして非常に短い時間数であり、残業時間に相当する時間が記録されているものと解釈するのが妥当だろう。その場合、1日の本当の労働時間は、みなし労働時間分 (たとえば7時間) を足して、10時間と8時間、などのように推定できる。
一方で、たとえば「平均的な者」が2時間なのに対して「最長の者」が13時間25分というような例もある。これらについてどう考えたらよいかは悩むところである。特にID=6186 の事業場では、専門業務型では「最長の者」「平均的な者」ともに2時間なのに対して、企画業務型ではそれぞれ22時間30分と12時間41分となっており、統一的に書きまちがえたわけではなさそうである。
上の表では、4つの数値の中に6時間以上の時間数のものがひとつでもある場合には、ID番号に * 印をつけてある。該当するのは25事業場である。これらについては、とりあえず判断を保留しておこう。
のこる87事業場については、すべての数値が6時間未満で、そのうちすくなくともひとつは5時間未満ということになる。これらの事業場については、上記のような解釈で、残業時間相当の時間をまちがえて書いたものとみなすことにしよう。専門業務型の「労働時間の状況」のデータがある920の事業場のうち、55事業場 (6.0%) がこれに該当する。企画業務型の場合は、738事業場のうち47事業場 (6.4%) である。小さい割合のように思えるかもしれないが、これらの事業場についてすべてみなし労働時間 (7時間とか8時間とか) 分だけ短くカウントしているわけだから、全体の平均値などにあたえる影響は存外に大きい。
ためしに、これらの87ケースについて、一律7時間をプラスして、記述統計量がどれくらいかわるかを計算してみた。結果はつぎのとおり。
修正前 | 度数 | 最小 | 最大 | 平均 | 標準偏差 |
---|---|---|---|---|---|
専門・最長 | 920 | 60 | 1440 | 758.3 | 239.2 |
専門・平均 | 918 | 60 | 1440 | 559.5 | 169.9 |
企画・最長 | 738 | 73 | 1440 | 702.3 | 204.0 |
企画・平均 | 738 | 30 | 1099 | 556.4 | 154.7 |
(単位: 分)
修正後 | 度数 | 最小 | 最大 | 平均 | 標準偏差 |
---|---|---|---|---|---|
専門・最長 | 920 | 120 | 1440 | 783.5 | 200.8 |
専門・平均 | 918 | 60 | 1440 | 584.7 | 130.4 |
企画・最長 | 738 | 240 | 1440 | 729.0 | 159.4 |
企画・平均 | 738 | 60 | 1099 | 583.1 | 107.8 |
(単位: 分)
「労働時間の状況」平均値は、専門業務型裁量労働制で25.2分、企画業務型裁量労働制で26.7分増加している。たとえば企画業務型の「平均的な者」の場合には、修正前の元データでは556.4分 (=9時間16分) であったものが、疑わしい数値 (47事業場分) に7時間を足した修正後データでは583.1分 (=9時間43分) に伸びている。
まとめ
今般の労働時間等総合実態調査をめぐる議論の発端となったのは、加藤厚生労働大臣のつぎの発言だった。
また、私どもの平成二十五年労働時間等総合実態調査、これ、厚生労働省が調べたものでありますけれども、平均的な一般労働者の時間が、これは一日の実労働時間ですが、九時間三十七分に対して、企画業務型裁量労働制は九時間十六分と、こういう数字もあるということを先ほど申し上げたところでございます。
http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/sangiin/196/0014/19601310014002a.html
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国会会議録 (2018-01-31) 第196回国会 予算委員会 第2号。森本真治議員の質問に対する加藤勝信厚生労働大臣の答弁。
この一般労働者の実労働時間と称する「九時間三十七分」という時間数は、おそらく過大である (上西充子 (2018-02-21) 「データ比較問題からみた政策決定プロセスのゆがみ」https://news.yahoo.co.jp/byline/uenishimitsuko/20180221-00081859/ (Yahoo! ニュース 個人) など参照)。そう判断できる主な理由はつぎの3つである。
- この数値は、法定労働時間外労働の時間が1か月中でいちばん長い日を選んで調べたものである
- それに一律8時間を足して「実労働時間」を求めている (実際には所定労働時間が8時間より短い事業場が相当数存在する)
- 法定時間外労働の最頻カテゴリーに入る労働者について調べているが、その選択方法が不明確であるうえに、裁量労働制の場合の「平均的な者」とは選択方法がちがっていた可能性が高い
上記の分析は、これに加えて、調査設計・実施上の問題によって、裁量労働制の場合の労働時間の数値のほうもまちがっていた可能性が高いことを示している。このことを考慮すれば、裁量労働制で働く「平均的な者」の労働時間は1日9時間43分となる。一般労働者の「平均的な者」の最長の日の労働時間を上回る長さである。
*1:このエントリ公開直後の上西充子さんのツイートによると、これは別の件の模様。ID=4174, ID=4179 などで、専門業務型の「労働時間の状況」が「0時間0分」と原票に書かれていたにもかかわらす、電子データでは欠損値になっているというもの。https://twitter.com/mu0283/status/977551227159330816 など参照。なお、これらの事業場では、企画業務型裁量労働制の「労働時間の状況」が1時間と短いため、本エントリの検討対象に入っている。また、このように「0時間0分」が入力の際に漏れたケースがあるとすると、一般労働者の法定時間外労働のデータは大丈夫なんだろうかというのも心配になる点である。