remcat: 研究資料集

(TANAKA Sigeto)

地方自治体による「ライフプランニング」支援事業

「ライフプランニング」は、2010年代日本の「少子化対策」のキーワードです。結婚や出産など家族生活を主眼においたライフプランを立てるよう若者に促すさまざまな試みが、行政主導でおこなわれてきました。若い男女の人生上の選択を誘導するための情報が講演会や出版物を通じて流れる一方、結婚相手を見つけるための官製お見合い事業を多くの自治体が実施しています [14]。

先に見た2015年の高校保健副教材 [37] は、政府によるこうした活動例のひとつです。そして、中央政府のみならず、地方自治体も、同様の「ライフプランニング」啓発事業に力を入れてきました。

2013年度補正予算に登場した「地域少子化対策強化交付金」は、地域の事情に応じて各自治体が立案した「少子化対策」に対し、資金を提供するものです。自治体は、地元の実情を調べ、それに基づいた活動計画を立てて申請します。各種「婚活」事業のほか、若者向け「ライフプランニング」教育活動や、妊娠・出産に関する医学的知識を普及させるための啓発活動などが補助の対象になってきました。

これ以前から、自治体による同種の事業がなかったわけではありません。たとえば佐賀県 [57] は、若者の意図しない妊娠の防止など、リプロダクティブ・ヘルス/ライツを推進する事業を進めていました。鳥取県 [58] のように、家族生活や職業に関する意思決定を主体的におこなうことを通して性別役割からの解放と男女平等を狙う、「男女共同参画」事業の一環としてのライフプラン支援に取り組んでいたところもあります。

2013年度にはじまった「地域少子化対策強化交付金」の仕組みは、ライフプランニング広報事業を一気に増加させました。多くの自治体が、この補助金を使って広報用の冊子、ウエブサイト、動画、モバイルアプリなどをつくるようになりました。内容は各自治体が考えるので、地域の特色を反映したトピックが入ります。想定読者層や語り口もいろいろです。他方で、共通して登場する「定番」の情報もあります。

自治体のつくる冊子等の多くに共通する「定番」情報のひとつが、妊娠・出産に関する医学的知識です。ここまで見てきたようなグラフがしばしば顔を出すのですが、多くは原典を参照せずにつくられています。不正確なコピーを繰り返した結果として、もとのデータからかけはなれたグラフになっている例もめずらしくありません。

図6のような22歳ピークのグラフは、あちこちの自治体が使っています。6ページで解説したように、このグラフは原典のデータと大きく形状がちがうのですが、たとえば奈良県のライフプラン冊子 [59] はYouTubeの動画 [60] からグラフを作成しており、さらにかたちが歪んでいます。三重県のウエブサイト [61] には、もっと変形した手書き風グラフが出てきます (図13)。このウエブサイトには出典の表示がありません。しかし22歳をピークとしてそれ以降どんどん低下するという特徴は保持しているので、元の22歳ピークのグラフ (あるいはそれがどこかに転載されたもの) を適当に模写したのだろうと推測できます。

図13: 「女性の妊娠適齢期」の手書き風グラフ


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三重県ウエブサイト [61] から複製

http://www.pref.mie.lg.jp/D1KODOMO/sisyunki/000125751.htm

ほかにコピーが大量に出回っているのが、図2の「卵子の数」グラフです。これは厚生労働省から助成を受けた研究グループ [16] [17] の作成物ですが、出典表示がActa Endocrinol Sullplとなっています。これは雑誌名 Acta Endocrinologica Supplementumを省略するときにまちがえた (ふつうは Acta Endocrinol Supplなどとする) のだと思います。この間違いが自治体作成の冊子等 [62] [63] でも訂正なしにそのまま出てきます。プロットされた値やその解釈の誤りも修正されていなかったりします。

日本政府は同様の交付金事業を継続しており、巨大な予算を背景に、多くの自治体がライフプラン広報に力を入れています。専門家が監修についている事例が多いのですが、にもかかわらず、この種の事業は、非科学的知識の温床になってしまっています。年齢による妊孕力低下などを強調したグラフが、その視覚的インパクトゆえに使われつづけているのですが、冊子作成者も監修者も、彼らが引用しているはずの文献を読んでいません。「正しい知識」をうたう広報が、実際には知識の正確さを確認する仕組みなしにつくられているのです。

([ ] 内の数字は文献番号です http://tsigeto.info/18l#bib 参照。)

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「地方自治体による「ライフプランニング」支援事業」『2010年代日本における「卵子の老化」キャンペーンと非科学的視覚表象』, 11ページ