remcat: 研究資料集

(TANAKA Sigeto)

「卵子の老化」関連年表:1974-2015年

「卵子の老化」キャンペーンとそれに関連する出版物および政治的な動きを年代順にまとめておきましょう。

1974
「卵子の老化」が日本医学会シンポジウム [3] で言及される (8月)
1979
鈴木秋悦、「卵子の老化」についての解説論文 [2] を出版
1982
鈴木秋悦、図3とおなじグラフ (出典表示なし) を著書 [53] で使用

「卵子の老化」ということばは、1974年に箱根で開かれた日本医学会のシンポジウムの質疑に出てきます。このときには、受精の遅れにともなう生殖細胞の変性、という意味で使われていました。後には、女性が高齢になると生殖細胞中の染色体異常が増加する現象も言及されるようになります。それとは別に、胎児期の間に生殖細胞が急激に増加し、その後ほとんどが消失してしまうという過程も、一般向け書物で語られます。この頃には、これらの生物学的知識は、社会全体の出生力の水準とは結びつけられていませんでした。

アメリカでは、年齢とともに妊娠の確率が直線的に低下するように見えるまちがったデータ (表1、表2) が1990年代後期に出てきます。このときには、そのデータは日本には入ってこなかったようです。

1995
Rosenthalの本The Fertility Sourcebook第1版
1998
Rosenthalの本、第2版 [40] に表2が登場
1998
Carcioの本Management of the Infertile Woman [39] に表1が登場
2001
吉村泰典、一般向け書籍 [4] で「卵子の老化」に言及
2005
日本医療政策機構 [54]、日本社会の出生力を引き上げる手段として女性の健康政策に言及

年齢にともなう女性個人の妊孕力低下と社会全体での出生力低下を結びつけて論じたのが、日本医療政策機構の2005年の報告書です。ただしそこに登場するのは図10のデータに基づく凸型のグラフであり、30代半ば以降に妊孕力が低下するところに焦点がありました。

2009年になると、生殖に関する一般向け書物 [25] で、女性の卵巣内の卵子は毎月1000個ずつ減っていく (そして37歳でゼロになる) とする記述が出現するようになります。

2009
浅田義正 [25]、女性の加齢にともなって卵子の数が直線的に減少すると主張 (出典なし)
2009-2010
IFDMS調査実施
2011
Jacky Boivin来日、IFDMSについてメディアと国会議員向けに講演 (2月)
2011
講談社、『FRaU Body: 妊活スタートブック』 [10] を出版 (7月)
2012
NHK、卵子の老化に関するテレビ番組 [5] を放送 (2月、6月)
2012
齊藤英和・白河桃子『妊活バイブル』[55] (3月)
2012
野田聖子、妊娠・出産に関する知識の教育についての国会質問主意書 [11] でIFDMS調査結果を利用 (11月16日)
2012
第2次安倍晋三内閣 (12月26日)
2013
吉村泰典、内閣官房参与に就任 (3月13日)
2013
内閣府、「少子化危機突破タスクフォース」を組織 (3月25日)
2013
日本生殖医学会、ウエブサイトで「不妊症Q&A」 [22] を公開 (4月)
2013
吉村泰典、自身が理事長を務める団体のウエブサイト [35] で22歳ピークの改ざんグラフ使用 (6月)
2014
地域少子化対策強化交付金
2014
全国知事会「少子化非常事態宣言」[56] (7月)
2014
日本生殖医学会、専門医研修等のための教科書『生殖医療の必修知識』[23] を出版 (10月)
2014-2015
内閣府「新たな少子化社会対策大綱策定のための検討会」
2015
日本産科婦人科学会など9団体、「学校教育における健康教育の改善に関する要望書」を有村治子内閣府特命:担当大臣 (少子化対策) に提出 [30] (3月2日)
2015
「少子化社会対策大綱」[8] (3月20日)
2015
文部科学省、保健副教材『健康な生活を送るために』(平成27年度版) [37] を高校に配布 (8月)

IFDMS調査結果が2011年に日本に紹介されて以降、「少子化」と「卵子の老化」を結びつける議論が勢力を広げていきます。特に、2012年のNHKの番組は注目を集めました。

2013年には国政が大きく動きます。2012年末に成立した第2次安倍内閣は、翌年3月、産婦人科医師の吉村泰典を内閣官房参与に任命。さらに「少子化危機突破タスクフォース」を組織して、低出生力問題への対応にあたります。このようにして人口関連政策の医療化が進み、産婦人科医師等の政策に対する発言力が増していきます。

2015年の「少子化社会対策大綱」には、「妊娠や出産などに関する医学的・科学的に正しい知識」を「教材に盛り込む」という文言が入ります。大綱のその規定は、学校教育に妊娠・出産に関する知識を導入する根拠となりました。同年8月、政府が作成して高校に配布した保健副教材に22歳ピークの「妊娠のしやすさ」改ざんグラフが載っていた事実が発覚。この事件をきっかけに、「卵子の老化」キャンペーンが利用してきた非科学的グラフの実態がつぎつぎとあきらかになりました。それらがどのようなものだったかは、私たちが当報告書で見てきたとおりです。

([ ] 内の数字は文献番号です http://tsigeto.info/18l#bib 参照。)

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「「卵子の老化」関連年表:1974-2015年」『2010年代日本における「卵子の老化」キャンペーンと非科学的視覚表象』, 10ページ