remcat: 研究資料集

(TANAKA Sigeto)

日本統計学会「公的統計に関する臨時委員会報告書」はどこがおかしいのか (2): ベンチマーク更新について

日本統計学会「公的統計に関する臨時委員会報告書」がいろいろおかしい 件について、前回の記事 の後半にひきつづき、2018年1月のベンチマーク更新にともなう「断層」の話

2018年1月断層の4つの要因

毎月勤労統計の公表値が何かおかしいといわれはじめたのは、2018年6月調査の「現金給与総額」の前年比増加率が21年ぶりの高水準を示したあたりから。2018年9月12日には、統計作成手法の変更によって所得が高めに出ていることを『西日本新聞』が報じている。

政府の所得関連統計の作成手法が今年に入って見直され、統計上の所得が高めに出ていることが西日本新聞の取材で分かった。調査対象となる事業所群を新たな手法で入れ替えるなどした結果、従業員に支払われる現金給与総額の前年比増加率が大きすぎる状態が続いている。補正調整もされていない。景気の重要な判断材料となる統計の誤差は、デフレ脱却を目指す安倍政権の景気判断の甘さにつながる恐れがある。専門家からは批判が出ており、統計の妥当性が問われそうだ。
 高めになっているのは、最も代表的な賃金関連統計として知られる「毎月勤労統計調査」。厚生労働省が全国約3万3千の事業所から賃金や労働時間などのデータを得てまとめている。1月に新たな作成手法を採用し、調査対象の半数弱を入れ替えるなどした。
〔……〕
 厚労省によると、作成手法の見直しは調査の精度向上などを目的に実施した。調査対象の入れ替えは無作為に抽出している。見直しの影響で増加率が0・8ポイント程度上振れしたと分析するが、参考値を公表していることなどを理由に「補正や手法見直しは考えていない」(担当者)としている。
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「統計所得、過大に上昇 政府の手法変更が影響 専門家からは批判も」2018/9/12 6:00 西日本新聞

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/448833/

その後、12月末になって、東京都大規模事業所での不正抽出が発覚し、翌2019年1月以降には毎月勤労統計調査に関するさまざまな疑義が噴き出すことになった。

この発端となった2018年1月のいわゆる「断層」(数値の不連続) については、大きく4つの原因が指摘されている。

  1. 調査対象事業所の一部を入れ替えたこと
  2. 母集団推定の方法を変更し、それまで抽出率による「復元」をおこなってこなかった30人以上規模の事業所 (第一種事業所) においても、抽出率逆数による「復元」の手法を導入したこと
  3. 2014年の「経済センサス-基礎調査」を利用したベンチマーク更新をおこなったこと
  4. 「常用労働者」の定義変更をおこなったこと

2018年1月断層についての日本統計学会の認識

しかし、日本統計学会はこうした議論の存在をきちんと認識していないようである。「公的統計に関する臨時委員会報告書」では、10-11ページにつぎのような記述がある。

東京都の従業員規模500人以上の層で全数調査が実施されていなかったことが明らかとなったきっかけは、2018年1月分の公表数値で大きな断層が発生したことであるが、標本の交代方法の変更(部分交代の採用)が断層の要因の一部となったと言われている。
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日本統計学会「公的統計に関する臨時委員会報告書 第一部: 毎月勤労統計調査の不正をめぐる事案に関する見解」(2019年6月5日) p. 10

https://www.jss.gr.jp/wp-content/uploads/kouteki_toukei_report_main.pdf

2018年は、厚生労働省が導入した新たな推定手法の導入によって、上記の断層がたまたま前年比の計数を押し上げる方向に働き、公表値の前年比が不自然なほど高くなった。
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日本統計学会「公的統計に関する臨時委員会報告書 第一部: 毎月勤労統計調査の不正をめぐる事案に関する見解」(2019年6月5日) 〔確定版c1〕 p. 11
強調は、「確定版c1」での追加部分であることを示すため引用時に付加

https://www.jss.gr.jp/wp-content/uploads/kouteki_toukei_report_main.pdf

この11ページの記述では、当初公開された版にはなかった「厚生労働省が導入した新たな推定手法の導入によって、」という文字列が、7月20日に公開された「確定版c1」で追加されている。この変更の方法に文書管理上の問題があることは、別の記事 https://remcat.hatenadiary.jp/entry/20190729/jssrep で指摘した。それはともかく、「新たな推定手法」というのは第一種事業所について抽出率逆数による「復元」をおこなうようになったことを指しているのだろう。10ページでの「標本の交代」への言及とあわせて、「断層」の発生要因としてこれまで指摘されてきた事柄のうち、最初の2つはとりあげていることになる。

これらは断層発生の主要な原因ではない。厚生労働省の資料 「毎月勤労統計:賃金データの見方~平成30年1月に実施された標本交替等の影響を中心に」 (2018-09-27) によれば、月当たり「決まって支給する給与」推定額に2018年1月に生じた断層は2086円であるが、そのうち標本交代要因の寄与は295円程度だという。第一種事業所でも抽出率逆数を使用する「新たな推定手法」についても、同一手法で2017年と2018年の1月データについて計算しなおした場合、差が縮小するのは630円分である (https://www.mhlw.go.jp/content/10700000/000467631.pdf 5ページ)。

これはつまり、のこるふたつの要因――「ベンチマーク更新」と「常用労働者定義変更」――のなかにこそ断層発生の主要因があることを示している。ところが、これらの要因については、報告書中にまったく言及がない。要するに断層発生の要因はほとんど分析していないわけだ。にもかかわらず、つぎのような評価を断定的に下している。

不正問題の発覚後、賃金の動向を良く見せかけるために統計を意図的に操作したのではないか、という誤解につながった。そして、国会における野党からの批判や、前述したようなマスメディアからの過剰な批判の原因ともなった。
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日本統計学会「公的統計に関する臨時委員会報告書 第一部: 毎月勤労統計調査の不正をめぐる事案に関する見解」(2019年6月5日) 〔確定版c1〕 p. 11

https://www.jss.gr.jp/wp-content/uploads/kouteki_toukei_report_main.pdf

「賃金の動向を良く見せかけるために統計を意図的に操作したのではないか」という意見を「誤解」だと判断しているわけだが、なぜそう思ったのかはよくわからない。断層の発生原因を系統的に分析していないのだから、なぜ断層が発生したかは不明のはず。したがって、政府が統計の意図的な操作によって断層を創り出した可能性は排除できないはずなのである。

「ベンチマーク」とは何か

さて、2018年1月断層の主要因のひとつとされる「ベンチマーク更新」。これは理解がむずかしい概念である。「ベンチマーク」(benchmark) とは、測量における水準点などを意味する英単語であるが、厚生労働省『毎月勤労統計要覧』の説明によればつぎのようになっている。

6 調査の結果
(1) 全国調査の結果推計方法
ア 推計比率
 推計比率は、本月分の推計に用いる前月末母集団労働者数と、本月分の調査事業所の前月末調査労働者数の合計の比率のことで、産業、規模別に次式によって定める。
r = E / e0
ここに
r ; 推計比率 (産業、規模別)
E ; 前月末母集団労働者数 (産業、規模別)
e0 ; 前月末調査労働者数の合計 (産業、規模別)
 前月末推計労働者数は,前月末調査労働者数の合計 e0 に推計比率 r (=E/e0) を乗じたものであるから、使用した前月末母集団労働者数 E と等しくなる。
 前月末母集団労働者数 E として用いる値は、前月分調査の本月末推計労働者数に (3) で述べる補正を施したものである。ただし、最新の経済センサス結果が判明したときには、それから作成した値(ベンチマーク (benchmark) という)を前月末母集団労働者数とする。 このような推計方法は、リンク・リラティブ法 (link-relative method) といわれるものである。
〔……〕
(3) 母集団労働者数の補正
 全国調査においては、事業所の新設・廃止等に伴う労働者数の増減を推計労働者数に反映させるため、次により、毎月、母集団労働者数の補正を行っている。
ア 全国調査の対象範囲である5人以上事業所の新設、廃止、5人未満からの規模上昇及び5人未満への規模下降に伴う労働者数の変動分を、雇用保険事業所データにより、産業、規模別に推計する。
イ 調査事業所の常用労働者数が変動したことにより、対象範囲の中で規模変更があった場合には、その都度、集計規模区分を変更し、その調査事業所の規模変更に伴う規模別労働者数の変動区分を推計する。
ウ ア、イで推計した産業、規模別労働者数の変動分を、前月分調査による本月末推計労働者数に加えたものを(又は減じたものを)、今月分調査の集計で使用する母集団労働者数とする。
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厚生労働省大臣官房統計情報部 (2015)『毎月勤労統計要覧: 毎月勤労統計調査年報 平成26年版』労務行政 ISBN:9784845252633 pp. 288, 290.
強調 は引用時に付加したもの。

「最新の経済センサス結果が判明したときには、それから作成した値(ベンチマーク (benchmark) という)を前月末母集団労働者数とする」のだそうである。したがって、最新の経済センサス結果に基づいて「前月末母集団労働者数」を更新した場合、そのときの前月末母集団労働者数のことを「ベンチマーク」と呼んでいることになる。

これをふつうによめば、最新の経済センサスに基づいて当時の日本全体の労働者数を割り出し、それを推計に使う「前月末母集団労働者数」と入れ替えるのだとうけとれる。現在の毎月勤労統計調査で使っている「最新の経済センサス」は2014年7月のもの なので、その情報を2014年7月から使っているのだろうと。

しかし、実際に使われている方法はそうではない。2019年7月29日に統計委員会点検検証部会に提出された資料によれば、つぎのような説明である。

5.平成30年1月分の新・旧集計等
事業所規模30人以上のサンプル入替え月(1月)には、旧サンプルと新サンプルの両者を調査対象としているところである。旧サンプルについては、先月までの集計と同様の集計を行う。新サンプルについても通常は旧サンプルと同様の処理を行うが、平成30年1月については、ベンチマーク更新を行ったため、母集団労働者数は経済センサスを元に作り直している。新サンプル用の母集団労働者数の作成については、下記の6の通り。

6.集計に使用する母集団労働者数
産業・事業所規模ごとに、平成26年経済センサスによる常用雇用者数を毎勤の平成26年7月分用母集団労働者数で割ったものを補正比とし、その補正比に旧サンプルの平成30年1月分用母集団労働者数を乗じたものを、新サンプルの平成30年1月分用母集団労働者数としている。
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厚生労働省政策統括官(統計・情報政策、政策評価担当)「毎月勤労統計調査について」(令和元年7月29日) p. 10
(原文では表組み。強調 は引用時に付加したもの。)
統計委員会 第9回点検検証部会 (2019-07-29) 資料2
http://www.soumu.go.jp/main_sosiki/singi/toukei/tenkenkensho/kaigi/02shingi05_02000349.html

http://www.soumu.go.jp/main_content/000636435.pdf

要するに、通常の手続きで2018年1月の集計用の母集団労働者数を用意し、そのあとで「補正比」をかけたというのである。この「補正比」は「平成26年経済センサスによる常用雇用者数を毎勤の平成26年7月分用母集団労働者数で割った」ということなので、ここで経済センサスを使ってはいる。ただし、2018年1月までに積み重ねてきた母集団労働者数の推定結果について、それが2014年7月の時点でどれくらい経済センサスの値と乖離していたかの比を求め、その比をかけて補正しているだけなのである。したがって、新しいベンチマークは2014年経済センサスの情報だけからできているのではなく、毎月勤労統計の母集団労働者数推定法による2018年1月までの値の変化もそのまま受け継いだものになる。

ただし、前回、2009年経済センサスの情報を導入して2012年1月のベンチマーク (=2011年12月末の母集団労働者数) を更新したときには、ちょっとちがう方法を使っていた。


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厚生労働省大臣官房統計情報部 (2015)『毎月勤労統計要覧: 毎月勤労統計調査年報 平成26年版』労務行政 ISBN:9784845252633 p. 290.
(「返還」はおそらく「変換」のまちがい)

このときには、2012年1月分用の母集団労働者数をいったん用意してからそれに補正比をかけるのではなく、その前の段階の、2011年12月調査での「本月末推計労働者数」に補正比をかけている。この場合、2011年12月中に生じた事業所の新設・廃止・規模区分変更の効果は反映していなかったことになる。(あとで検討するように、2018年1月のベンチマーク更新ではこの効果が非常に大きく、2017年12月の「本調査期間末」の推計労働者数に補正比をかけただけの値と実際のベンチマークとの間には大きな乖離がある。)

ベンチマーク更新で何が変わったのか

表1は、2018年1月の毎月勤労統計調査ベンチマーク更新の結果、母集団を「復元」するために使われる母集団労働者数がどう変化したかをあらわしている。

表1: 2018年1月ベンチマーク更新前後の母集団労働者数

事業所規模 2017年12月 ( %) 2018年1月 ( %)
1000人以上 3,206,656 ( 6.3) 3,270,388 ( 6.6) 63,732
500~999人 3,196,110 ( 6.3) 2,863,654 ( 5.8) -332,456
100~499人 10,804,899 (21.3) 10,554,379 (21.4) -250,520
30~99人 11,176,527 (22.1) 12,302,674 (24.9) 1,126,147
5~29人 22,275,039 (44.0) 20,432,086 (41.3) -1,842,953
合計 50,659,231 (100.0) 49,423,181 (100.0) -1,236,050

それぞれの調査月の「前調査期間末」の「常用労働者数」。
https://www.e-stat.go.jp から、毎月勤労統計調査 (全国調査) のExcelファイル (実数原表、月次) sai2912mks.xls と sai3001mks.xls を使用 (2019-07-15ダウンロード)。いずれも東京都での不正抽出に起因する抽出率の違いを考慮した再集計結果 (ただし2011年以前については再集計がおこなわれていないため、500人以上規模事業所での2011年までの母集団労働者数の推定のずれが依然として影響しているはずであることに注意)。

母集団 (5人以上の常用労働者を雇用する事業所) における常用労働者総数は、2017年12月調査では約5066万人いるものという前提で推定がおこなわれていた。この数値は、2018年1月には約4942万人となり、約124万人減った。事業所規模別にみると、5-29人の小規模事業所が約184万人 (構成比でいうと44.0%から41.3%へと2.7%分) 減少したのに対し、30-99人規模の事業所では約113万人 (構成比でいうと2.8%分) 増加している。この結果は東京都大規模事業所の抽出不正が発覚する前の文書 https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/dl/maikin-20180927-01.pdf 11ページで計算されていたのとほぼ同様である。事業所規模によって平均的な給与水準がおおきくちがうため、事業所規模の構成比が変わると、それにしたがって推定される平均給与等の値もおおきく変動することになる。

これはもちろん、2017年12月の1か月間に日本の労働者の数や構成が大きく変わったことを示しているわけではない。そうではなくて、毎月勤労統計で推計に使ってきた母集団労働者数の推定値が、2014年7月の時点ですでに大きく実態から乖離しており、それを3年半たった2018年1月の時点で補正したところこのようになった、ということなのだ (実は この要因だけでは説明できない変化 も無視できない大きさで生じているのだが、そのことはあとで述べる)。

母集団の全数調査である「経済センサス-基礎調査」によれば、2009年から2014年の間に労働者数やその構成 (事業所規模別シェア) はたいして変わっていない。このことは明石順平『国家の統計破壊』がすでに指摘している。

厚労省の説明資料だと、平成26年経済センサスの影響でシェアが変化したように読めてしまう。つまり、平成26年経済センサスの方が、平成21年経済センサスに比べ、5~29人の事業所の労働者の割合が減ったのだと。
 本当にそうなのか。そこで、ベンチマークの大本となる経済センサスについて、平成21 (2009) 年と平成26 (2014) 年を厚労省作成資料と同じ事業所規模別の労働者数に分けて比べてみた。〔……〕
 見てのとおり、5~29人の事業所のシェアは、平成21年と平成26年で変わっていない。
―――――
明石順平 (2019)『国家の統計破壊』集英社インターナショナル ISBN:9784797680386 p. 74.
文字の強調は原文どおり。

ただ、明石 (2019, p.76) が掲げた表は、民営事業所だけの数値であるため、公営事業所を対象にふくむ毎月勤労統計調査とは対応しない。新たに公営・民営あわせた全事業所のデータを使って作成したのが表2である。

表2: 経済センサス-基礎調査による事業所規模別の常用雇用者数

事業所規模 2009年7月 ( %) 2014年7月 ( %)
300人以上 7,860,067 (16.8) 8,352,191 (17.6) 492,124
100-299人 7,660,603 (16.4) 7,617,290 (16.0) -43,313
30-99人 12,870,827 (27.6) 13,010,644 (27.4) 139,817
5-29人 18,307,007 (39.2) 18,573,244 (39.1) 266,237
合計 46,698,504 (100.0) 47,553,369 (100.0) 854,865

https://www.e-stat.go.jp データベースにより平成21年, 26年「経済センサス-基礎調査」の「産業(中分類)、従業者規模(13区分)、経営組織(5区分)別全事業所数、男女別従業者数、常用雇用者数及び1事業所当たり従業者数-全国、都道府県、大都市」データから「C~R 非農林漁業(S公務を除く)」の「うち常用雇用者 総数」の全国数値を抽出。

この表からわかるとおり、5-29人規模事業所の常用雇用者数は2009年から2014年にかけて減っているわけではない。逆に27万人くらいの微増である。また、事業所全規模を合計した数値も、この5年の間に85万人くらい増えている。構成比でみると5-29人規模事業所は39.2%から39.1%とほぼ横ばいである。

表1と表2を対照すると、毎月勤労統計による推定母集団労働者数は、経済センサスにくらべて多めに出ていることがわかる。表2の経済センサスでは2009年でも2014年でも常用雇用者は4700万人くらいなのだが、表1の毎月勤労統計調査では、ベンチマーク更新の前でも後でも4900万人を超えている。

「宿泊業,飲食サービス業」にみる労働者数の変動

先に述べたように、新しいベンチマークは経済センサスの情報だけで計算するものではなく、毎月勤労統計での推定が2018年1月まで累積したものを受け継いでいる。経済センサスの値と乖離しているのは、この推定が何かおかしいせいなのではないか。

毎月勤労統計での母集団労働者数推定は、産業と事業所規模を組み合わせて設定した「層」ごとに毎月おこなっている。これをすべての層について追跡するのは面倒なので、ここでは「M 宿泊業,飲食サービス業」の5-29人規模と30-99人規模というふたつの層だけに注目しよう。この産業では、新ベンチマークの適用によって、母集団労働者数がおおきく減少している。*1

表3: 「M 宿泊業,飲食サービス業」の常用労働者数

データ 5-29人規模 30-99人規模
2009年7月 経済センサス-基礎調査「常用雇用者数」 2,421,911 1,117,916
2010年1月 毎月勤労統計調査「前調査期間末」 2,309,284 1,114,384
2010年1月 毎月勤労統計調査「本調査期間末」 2,272,973 1,096,445
2011年12月 毎月勤労統計調査「前調査期間末」 2,418,494 1,077,078
2011年12月 毎月勤労統計調査「本調査期間末」 2,424,638 1,072,874
2012年1月 毎月勤労統計調査「前調査期間末」 2,433,657 1,055,089
2012年1月 毎月勤労統計調査「本調査期間末」 2,430,742 1,048,579
2012年1月 毎月勤労統計調査*「前調査期間末」 2,433,279 1,055,088
2012年1月 毎月勤労統計調査*「本調査期間末」 2,430,366 1,048,578
2013年1月 毎月勤労統計調査* 「前調査期間末」 2,549,272 1,052,691
2013年1月 毎月勤労統計調査* 「本調査期間末」 2,525,658 1,044,022
2014年1月 毎月勤労統計調査* 「前調査期間末」 2,668,302 982,607
2014年1月 毎月勤労統計調査* 「本調査期間末」 2,649,497 968,719
2014年7月 経済センサス-基礎調査 「常用雇用者数」 2,427,148 1,047,978
2014年7月 毎月勤労統計調査*「前調査期間末」 2,749,559 939,361
2014年7月 毎月勤労統計調査*「本調査期間末」 2,769,895 949,709
2015年1月 毎月勤労統計調査* 「前調査期間末」 2,872,013 934,576
2015年1月 毎月勤労統計調査* 「本調査期間末」 2,865,405 930,831
2016年1月 毎月勤労統計調査* 「前調査期間末」 3,050,031 941,976
2016年1月 毎月勤労統計調査* 「本調査期間末」 3,024,103 935,432
2016年12月 毎月勤労統計調査*「前調査期間末」 3,199,342 987,998
2016年12月 毎月勤労統計調査*「本調査期間末」 3,228,344 992,373
2017年1月 毎月勤労統計調査*「前調査期間末」 3,232,188 996,676
2017年1月 毎月勤労統計調査*「本調査期間末」 3,209,344 989,831
2017年11月 毎月勤労統計調査*「前調査期間末」 3,398,072 1,001,191
2017年11月 毎月勤労統計調査*「本調査期間末」 3,412,275 1,006,476
2017年12月 毎月勤労統計調査*「前調査期間末」 3,422,042 1,006,140
2017年12月 毎月勤労統計調査*「本調査期間末」 3,430,970 1,015,468
2018年1月 毎月勤労統計調査*「前調査期間末」 2,873,286 1,088,577
2018年1月 毎月勤労統計調査*「本調査期間末」 2,848,979 1,085,761
2018年2月 毎月勤労統計調査*「前調査期間末」 2,854,174 1,085,385
2018年2月 毎月勤労統計調査*「本調査期間末」 2,840,340 1,075,888
2019年1月 毎月勤労統計調査* 「前調査期間末」 3,071,644 1,087,815
2019年12月 毎月勤労統計調査* 「本調査期間末」 3,069,402 1,077,585
2019年5月 毎月勤労統計調査*「前調査期間末」 2,995,629 1,043,417
2019年5月 毎月勤労統計調査*「本調査期間末」 3,029,216 1,054,579

データ源: 「政府統計の総合窓口」(e-Stat) https://www.e-stat.go.jp
経済センサス-基礎調査データは、「M 宿泊業,飲食サービス業」の「うち常用雇用者 総数」の全国数値。
毎月勤労統計調査のうち * がついているデータは、東京都での不正抽出による抽出率のちがいを考慮した再集計の結果数値。2012年1月については、この再集計値と以前の公表値の両方を表示した。

まず、経済センサス-基礎調査のデータで2009年と2014年の間での労働者数の変化を確認しておこう。5-29人規模事業所では、242万1911人から242万7148人へと約0.2% (人数でいうと約5千人) の増加である。これに対して30-99人規模の事業所では、111万7916人から104万7978人へと約6.3% (約7万人) 減っている。

2009年の毎月勤労統計は旧い産業分類で集計されているため、経済センサスと比較可能な数字がとれない。幸い、上の『毎月勤労統計要覧 平成26年版』の引用でみたように、2011年12月調査での「本月末推計労働者数」(=本調査期間末労働者数) に補正比をかけたものが2012年1月調査で推計に使う「前調査期間末労働者数」となるので、ここから逆算すると、2009年7月の毎月勤労統計調査で推計に使われていた母集団労働者数が経済センサスからどれくらいずれていたかがわかる。5-29人規模については、2011年12月調査の本調査期間末の労働者数が242万4538人なのに対して2012年1月調査の前調査期間末の労働者数 (旧公表値) は243万3657人なので、補正比は 2433657/2424538 = 1.00376 となり、ほとんどずれていなかったことがわかる。30-99人規模については、補正比は 1055089/1072874 = 0.98342 となるので、やや過大 (1.7%程度) だったことになる。

2009年の時点では、経済センサス-基礎調査の結果からわかる常用雇用者数と毎月勤労統計調査で使用されていた母集団労働者数推定値にはそれほど乖離はなかったのだ。ところが、5年後の2014年になると、両者に大きな食い違いが出てくる。5-29人規模事業所でみると、2014年7月の経済センサスで常用雇用者242万7148人に対し、2014年7月の毎月勤労統計調査の前調査期間末の労働者数は274万9559人であり、13.3%多い。30-99人規模の事業所では、104万7978人に対して93万9361人で、10.4%少ない。この2014年時点での経済センサスとのずれの分が、2018年1月のベンチマーク更新における「補正比」となる。実際に計算してみると、それぞれ 0.8827 と 1.1156 である。

毎月勤労統計調査の「M 宿泊業,飲食サービス業」の母集団労働者数の推定においては、2014年時点で経済センサスとの大きな乖離が生じていた。これを2018年1月のベンチマーク更新で「補正比」を用いて補正すると、労働者が5-29人規模事業所で約12%減り、30-99人規模事業所で約12%増える効果となる。

乖離の経過と原因

この間の経過は、5-29人規模事業所では比較的単純である。2012年ごろまでは労働者数は230万から240万人くらいであった。しかしそれから急速に拡大し、2014年7月には経済センサスより13.3%多い約275万人となった。増加傾向はそのあとも同様で、2014年7月から2017年12月の3年半の間に24.8%増加して約343万人となった。2018年1月のベンチマーク更新で大きく下がったが、それ以降も拡大はつづいており、2018年の1年間で7%増加している。

これに対して、30-99人規模事業所はちょっと複雑な動きをみせる。まず2010-2011年は縮小傾向であり、この2年間で111万4384人から107万7078人まで約4万人 (5.3%) 減っている。2012年にはほとんど変化がないが、2013年に入ると大きく減少し、2014年1月には97万人となった。2010年から2014年までを通算すると、労働者が15.7% (約17万5千人) 減っている。この間 (2009-2014年) に経済センサスでの常用雇用者数も6.3% (約7万人) 減っているのだけれど、それを10万人以上回る勢いで労働者数が減ってしまっている。しかし、2015年1月に93万人まで減少したあとは拡大に転じ、2016-2017年の2年間で7.8% (約7万人) 増加した。2018年1月のベンチマーク更新で約7万人増えて約109万人となり、以降やや減少気味である。

毎月勤労統計調査における母集団労働者数の推定方法がつぎのような問題を抱えていることは、前の記事 で指摘しておいた。

  • 標本誤差
  • 回収率の低さ
  • 東京都における事業所不正抽出
  • 東日本大震災被災地での調査困難
  • 雇用保険事業所データにかける「補正の適用度合い」(K) 係数
  • 調査対象事業所の規模区分変更分についての「補正の適用度合い」係数 (L) と非回収事業所問題

ただ、ここまで書いてきたような経済センサスとの乖離については、これらの問題によるものとして説明することはむずかしそうだ。まず、標本誤差によってたまたま極端な事業所が選ばれたために極端な測定値が出たのであれば、対象事業所の入れ替えによってその傾向はなくなるはずだが、そうはなっていない (特に5-29人規模事業所では一貫した増加傾向がある)。回収率についても、http://www.soumu.go.jp/main_content/000607313.pdf p. 51 のデータをみるかぎり、この産業の5-29人規模事業所ではそれほど状況が悪いわけではない。小規模事業所の数値には東京都の大規模事業所の不正抽出の影響はほとんどないはずだし、2012年以降に労働者が大きく増加 (または減少) しているので、2010-2012年の産業分類変更や2011年の震災のせいでもなさそうである。「補正の適用度合い」については、係数の値が1未満であり、変化を過小評価する方向に作用するはずなので、表3のように過大な増加・減少が出ることにはつながらない。

つまり、母集団労働者数についてなぜこのような乖離が生じるかは、既存の知識からは説明しにくいのである。逆にいえば、毎月勤労統計調査における母集団労働者数の推定については、まだ公表されていない重大な問題が隠されており、それが「補正比」による断層を生み出した主要因だったのではないか、という疑いがある。

また、2014年7月以降も5-29人規模事業所の労働者数が一貫して拡大をつづけていることには注意すべきである。現在使われているベンチマークは2014年7月の経済センサス-基礎調査を利用したものである。それ以降の母集団労働者の推定の累積によって、現在までにすでに大きな乖離が生じている可能性が高い。そうすると、次回のベンチマーク更新時には、今回とおなじように、母集団労働者の構成比が大きく変化することによる断層が発生することが期待できる。

「補正比」以外の効果

2018年1月のベンチマーク更新においては、2017年12月の本期間末労働者数にそのままこの補正比をかけるのではない。その前に、2017年12月中に新設・廃止された事業所と、労働者数が変わって規模区分が変わった (編入・転出) 事業所について、その常用労働者数を増減させるという作業がある。そして、数値をみるかぎり、この2017年12月中の事業所新設・廃止・編入・転出による影響は、かなり大きい。

表3から、2018年1月の前期間末労働者数を2017年12月の本期間末労働者数で割った数値を計算してみると、5-29人規模では0.8375、30-99人規模では1.0720となる。補正比はそれぞれ 0.8827 と 1.1156 だったから、2017年12月の1か月間の事業所の廃止や転出による効果はそれぞれ 0.9485 と 0.9609 となる。つまり、この産業の5-99人規模の事業所では、2017年12月のわずか1か月間に、事業所の廃止や転出によって、常用労働者が4-5%程度減少していたことになる。

これはいくら何でも多すぎないか。表3には2016年12月、2017年11月、2018年1月などの値も載せてあるが、それらの月の調査の本調査期間末の労働者数と翌月の調査の前調査期間末の労働者数とのずれはせいぜい0.4%程度である。2017年12月についてだけ事業所の廃止や転出が実態としてすごく多かったのだとは考えにくい。つまり、経済センサスを用いた「補正比」の計算以外のところで何か結果に細工をしていた (そしてそれは公表されていない) という疑いがあるわけである。

次回予告

では公表されていない要因とは何か、ということで「常用労働者定義変更問題」にもっていく心づもりだったのだが、ここまでで非常に長くなってしまったので、まて次回。



日本統計学会「公的統計に関する臨時委員会報告書」はどこがおかしいのか

  1. 母集団補助情報に関する誤解 (2019-07-20)
  2. ベンチマーク更新について (2019-08-03)
  3. 常用労働者定義変更問題 (2019-08-09)
  4. サンプル間引き問題と誤差評価 (執筆中)
  5. 文献の軽視と批判精神の欠如 (執筆中)

関連記事:


この記事の履歴

2019-08-03: 公開
2019-08-04: 表3で「2019年2月」となっていたところ「2019年1月」に訂正
2019-08-09: 新記事「常用労働者定義変更問題」へのリンクを追加


*1:明石順平 (2019)『国家の統計破壊』集英社インターナショナル p. 65 参照。なお、明石はこの減少を常用労働者定義変更によるものと主張しているが、厚生労働省による毎月勤労統計調査全国調査結果の 2018年月分速報確報 にはそのような記述はない。確報の14ページには「労働者数推計のベンチマークを平成30年1月分確報で更新した」との注記 があるので、表向きはベンチマーク更新の結果だと考えてよいだろう。「ベンチマーク更新」と厚生労働省が呼んでいることのなかに常用労働者定義変更の効果が入っている可能性については、次回記事で論じる予定。