remcat: 研究資料集

(TANAKA Sigeto)

日本社会学会の責任

いろいろ書いた が、実際には、『社会学評論スタイルガイド』(第2版) 第3.8.2項が妙な解釈で適用された事例はないと思う。編集委員あるいは査読者は、まず自分の倫理基準に照らして問題がないかを把握し、そのあとで根拠を探すだろうからである。仮に今回問題になった論文が『社会学評論』誌に投稿されてきたとしたら、疑義が提起される可能性は確かにある。しかしその場合、「これではダメだ」という根拠になるとしたらまず『日本社会学会倫理綱領』 の第2条, 第3条や 『日本社会学会倫理綱領にもとづく研究指針』 の 1.(1), 1.(3), 1.(5), 1.(6), 2.(3), 3.(1), 3(2) あたりではないだろうか。

社会学の研究は、人間や社会集団を対象にしており、対象者の人権を最大限尊重し、社会的影響について配慮すべきものである。
〔……〕
プライバシーや権利の意識の変化などにともなって、近年、社会学的な研究・教育に対する社会の側の受け止め方には、大きな変化がある。研究者の社会的責任と倫理、対象者の人権の尊重やプライバシーの保護、被りうる不利益への十二分な配慮などの基本的原則を忘れては、対象者の信頼および社会的理解を得ることはできない。会員は、研究の目的や手法、その必要性、起こりうる社会的影響について何よりも自覚的でなければならない。
〔……〕
第2条〔目的と研究手法の倫理的妥当性〕会員は、社会的影響を配慮して、研究目的と研究手法の倫理的妥当性を考慮しなければならない
第3条〔プライバシーの保護と人権の尊重〕社会調査を実施するにあたって、また社会調査に関する教育を行うにあたって、会員は、調査対象者のプライバシーの保護と人権の尊重に最大限留意しなければならない。
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日本社会学会 (2005)『日本社会学会倫理綱領』

http://www.gakkai.ne.jp/jss/about/ethicalcodes.php

1.研究と調査における基本的配慮事項
〔……〕
(1)研究・調査における社会正義と人権の尊重
研究を企画する際には、その研究の目的・過程および結果が、社会正義に反することがないか、もしくは個人の人権を侵害する恐れがないか、慎重に検討してください。とりわけ、個人や団体、組織等の名誉を毀損したり、無用に個人情報を開示したりすることがないか、などについて十分注意することが必要です。
〔……〕
(3)社会調査を実施する必要性についての自覚
社会調査はどのような方法であれ、対象者に負担をかけるものです。多かれ少なかれ調査対象者の思想・心情や生活、社会関係等に影響を与え、また個人情報の漏洩の危険を含んでいます。そもそもその調査が必要なのか、調査設計の段階で先行研究を十分精査しておきましょう。また研究計画について指導教員や先輩・同輩、当該分野の専門家などから助言を求めるようにしましょう。知りたいことが、二次データ・資料の活用によってかなりの程度明らかにできることは少なくありません。調査を実施しなければ知ることのできない事柄であるかどうか、また明らかにすることにどの程度社会学的意義があるかどうか、慎重に検討してください。その上で調査にのぞむことが、対象者の理解を得るためにも、有意義な研究を導くためにも重要です。
〔……〕
(5)研究・調査対象者の保護
対象者の保護に関しては次のことに留意してください。

a. 研究・調査対象者への説明と得られた情報の管理
対象者から直接データ・情報を得る場合、収集方法がいかなるものであろうと、対象者に対し、原則として事前の説明を書面または口頭で行い、承諾を得る必要があります。(a)研究・調査の目的、(b)助成や委託を受けている場合には助成や委託している団体、(c)データ・情報のまとめ方や結果の利用方法、(d)公開の仕方、(e)得られた個人情報の管理の仕方や範囲などについてあらかじめ説明しましょう。とりわけ、なぜ対象者から話を聴くのか、対象者から得た情報をどのように利用し、またどのように個人情報を保護するのか、などの点について、わかりやすく丁寧な説明をこころがけましょう。特にデータ・情報の管理については、具体的に保護策を講じ、それを説明する必要があります。場合によっては、調査対象者から同意書に署名(および捺印)をもらうことなどを考慮しても良いでしょう。

b. 調査への協力を拒否する自由
このように丁寧な説明を試みても、調査対象者から調査の協力を断られる場合があります。協力してもらえるよう誠意をもって説得することが重要ですが、同時に対象者には、原則としていつでも調査への協力を拒否する権利があることも伝えておかなくてはなりません。
調査者は、対象者には調査を拒否する権利があることを明確に自覚していなければなりません。

c. 調査対象者への誠実な対応
いかなる場合にも、対象者に対する真摯な関心と敬意を欠いた研究・調査をしてはならないということに留意してください。
特に研究・調査対象者から当該研究・調査について疑問を出されたり、批判を受けた場合は、真摯にその声に耳を傾け、対象者の納得が得られるよう努力してください。行った研究・調査の成果を守ろうと防衛的になるあまり、不誠実な対応になることは許されません。

(6)結果の公表
a. 調査対象者への配慮
研究・調査結果の公表の際には、それによって調査対象者が多大かつ回復不可能な損害を被ることがないか、十分検討しましょう。
とりわけ社会調査は,調査の企画にはじまり、結果のまとめと公表に至る全過程から成り立つものであり、実査や集計・分析だけにとどまるものではありません。調査対象者には研究結果を知る権利があります。調査結果の公表は、調査者の社会的責任という点からも、適切になされる必要があります。

b. 事前了解・結果公表等の配慮
公表予定の内容について骨子やデータ、原稿などをできる限り事前に示し、調査対象者の了解を得ることも心がけましょう。また対象者から研究・調査結果を知りたいと要望があった場合には、少なくとも要点を知らせるよう最大限努力するとともに、調査対象者が公表された研究結果にアクセスできるよう誠実に対応しましょう。

2.統計的量的調査における配慮事項
(3)データの保護―対象者特定の防止
〔……〕調査票の個番と対象者リストが照合され対象者が特定されることのないよう、調査票、個番、対象者リストを別々に保管するなどの対策を講じることが望まれます。
〔……〕

3.記述的質的調査における配慮事項
〔……〕対象者のプライバシーの保護や記述の信頼性などに、一層配慮する必要が高まります。特に調査の目的と方法、公表のしかたについて対象者に事前に説明し、了解を得ておくことが不可欠です。

(1)事例調査や参与観察における情報開示の仕方の工夫
フィールドワークのなかには、調査者としてのアイデンティティをいったん措いて対象の世界にとけこむことをもっとも重視するという手法があります。このような手法をとる場合、「調査対象者に事前に調査の目的を説明し同意を得ておく」ことが、対象者との自然な関係の構築を妨げることにならないかという懸念が生じることがあります。このように事前に同意を得ることが困難な手法をとらざるをえない場合には、調査結果の公表前に、調査対象者に対して調査を行っていたことを説明し、了解を得ておくことが原則です。

(2)匿名性への配慮
プライバシー保護のために、個人名や地域名を匿名化する必要がある場合があります。ただし、匿名にしても容易に特定される場合もあります。他方、対象者の側が実名で記述されることを望む場合もあります。報告でどのような表記を用いるのか、対象者と十分話し合い、いかなる表記をすべきかについて了解を得ておくことが大切です。
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日本社会学会 (2006)『日本社会学会倫理綱領にもとづく研究指針』

http://www.gakkai.ne.jp/jss/about/researchpolicy.php

『スタイルガイド』が参照されるのはつぎの段階、「じゃあどう書けばいいのか」の指針としてであろう。

そういうことなので、政府や研究機関や企業のウェブサイトから文章を引用した論文があっても、それが問題にはなることはなかった。それはそのサイトに「無断引用禁止」と書いてあったとしてもそうであったはずだ。このあたりは、社会学者の間では共有された発想だと思う。

しかし、今後、「うちのサイトには「無断引用禁止」と書いてあるのに、おたくの雑誌に引用されている。削除しろ」という要請があった場合、この『社会学評論スタイルガイド』第2版第3.8.2項を根拠として持ってこられたら、日本社会学会は反論できるのだろうか? あるいは、政治家のSNSでの発言を引用した論文がとがめられたらどうするのか? こうした危惧は、第3.8.2項を素直に読めばただちに出てくるものである。

「「無断引用不可」「無断転載不可」の意思表示があるウェブサイト[略]を論文で使用する場合は,使用許可を得た旨を明記するなどの注意が必要となる」とあるが、大抵のサイトには、公式的なものであるほどこの種の記載があるが、すべてについて使用許可を得なければならないのか。
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三谷武司 (2017-05-27) on Twitter

https://twitter.com/takemita/status/868342729712877568

例えば首相のフェイスブックの記事を引用する際、あるいは米国大統領のツイートを引用する際にも使用許可を得なければならないのか。
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三谷武司 (2017-05-27) on Twitter

https://twitter.com/takemita/status/868349792308445184

今まで問題になってこなかったのは、おそらく、第3.8.2項を素直に読んで適用するということ自体がなかったからである。しかし今回問題化したことで、いやおうなく「この規定を素直に読んだらこうなりますよね?」という疑問に答えざるをえなくなる。

『社会学評論スタイルガイド』は基本的に原稿の書きかたのガイドであるから、ほとんどの項目には、特にそうでなければならない理由はない。文の終わりには句点 (。) を打ってもピリオド (.) を打ってもいいのであるが、統一する必要はあるから、ピリオドを打て、としてあるだけである。論文で句点を使うなど言語道断、とかいうことではない。

しかし、研究倫理に関することについては、そういうわけにはいかない。ダメなことにはダメな理由があるのであって、規定はそれがわかるように書かれている必要がある。しかし、第3.8.2項目を読んでも、なぜこんな規定が置かれているのかという理由付けを確定することはむずかしい。そして、 (これは推測にすぎないが) 第2版作成当時の委員会メンバーも、そこはちゃんと議論していなかったのではないか。

そういう生煮えのガイドラインが、肯定的な評価を受けて、ウェブ文書を対象に研究するときの標準になってしまうとしたらそれは相当に危険なことであり、それを防ぐ責任が日本社会学会にはある。「日本の社会学分野での初の本格的な執筆ガイドであり,細かいところまで神経の行き届いたその優れた内容から,その後,社会学論文を執筆する人々のもっとも重要な指針となってきた」 と自負するのであれば、単なる自学会の機関誌編集のためのスタイルガイドを超えた、共有財産としてメンテナンスしていく責任があるだろう。

私自身が考える基準はすでに書いた (短時間で考えたものなので、今後意見が変わる可能性は高い)。読者はどう思われるだろうか?