remcat: 研究資料集

(TANAKA Sigeto)

計算方法不明の日毎妊娠確率推定

Dunson ほか [48] の研究は、ヨーロッパの家族計画センター7箇所で収集した性交日や基礎体温の変化などの自記式記録 [49] をもとに、1回の月経周期内の毎日の妊娠確率を推定したものです。この研究では、排卵日の2日前 (結果のグラフでは横軸に「−2」と表示される) の妊娠確率がほかの日にくらべて高い推定値になっています。この排卵2日前のピークは若い層では飛び抜けて高いのですが、より高齢の層ではそれほどでもありません。結果として、この研究の結果は、妊娠確率が年齢とともに急速に減少することを印象づけます。

この研究結果のグラフは、2014年から2015年にかけて日本政府が開いた「新たな少子化社会対策大綱策定のための検討会」で資料 [50] として使われました。資料をつくったのは、検討会の委員であった齊藤英和。ピーク位置の変動をあらわす赤い矢印をつけ加え、年齢による妊娠確率の低下を強調しています (図11)。

図11: 日毎妊娠確率 (Dunsonほか [48] による推定)


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新たな少子化社会対策大綱策定のための検討会 (第7回) 齊藤英和委員資料 [50] から複製

http://www8.cao.go.jp/shoushi/shoushika/meeting/taikou/k_7/pdf/s3-2.pdf

Dunsonほか [48] は、どうやって妊娠確率を推定したかをきちんと説明していません。ベイズ推定によるとは書いてあるのですが、どんな統計モデルにどんな事前分布を仮定して推定をおこなったかを書いていないのです。そのため、この研究は再現不可能なものとなっています。

Dunsonほか [48] が推定に使った統計モデルについては、Dunson自身の以前の論文 [51] が引いてあり、そこから内容を推し量ることができます。その論文によれば、各月経周期に1日だけ特に妊娠しやすい日 (most fertile day: MFD) がある、と前提をおき、その日はほかの日にくらべて極端に妊娠確率が高くなるように設計したモデルのようです。さらに、その月経周期内の性交回数が多ければ多いほどMFDの妊娠確率が高くなるモデルであることも、おなじ論文からわかります。これらの記述から、Dunsonほかの推定は、特定の日について妊娠確率が極端に高く、性行動の活発な若い人ほどその度合いが大きくなるような恣意的な統計モデルによったのだろうと推測できます [1]。

実際、この研究で使われた元データには、排卵2日前のピークはありません (図12)。図11のような妊娠確率の明確なピークと加齢による急速な低下は、恣意的な統計モデルの適用によって実際のデータからかけはなれた結果を導いたものである可能性が高い。とはいえ、どんな分析だったかを特定できる情報がそもそもないため、くわしいことはわかりません。

図12: ヨーロッパ7箇所の家族計画センターでの調査 (1992-1996年) に基づく日毎妊娠確率の推定値


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Colombo & Masarotto [49] から作成 [1]

http://tsigeto.info/17d

これらの研究方法上の問題は、学界では意識されてこなかったようです。文献引用データベースWeb of Science によると、Dunsonほかの論文 [48] は2017年1月5日までに194回引用されているのですが、統計モデルの説明がある先行研究 [51] を引用しているのはそのうち4件のみ (著者自身による引用をのぞく)。それら4件の論文のいずれも分析方法の妥当性を検討していません [1]。研究内容が批判を受けないまま、結果だけが引用されてきたことがわかります。

研究の妥当性が確認できないにもかかわらず、図11のようなグラフは、年齢とともに妊娠確率が急速に減少することを示す科学的根拠であるかのようにあつかわれてきました。たとえば河合 [52] は、Dunsonほか [48] を引いて、35歳以上の女性の妊孕力は20代前半の約半分と書いています。齊藤英和は政府の会議等で当該グラフを使い、女性の出産時年齢の平均値を25歳以下まで引き下げることを主張してきました。

([ ] 内の数字は文献番号です http://tsigeto.info/18l#bib 参照。)

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「計算方法不明の日毎妊娠確率推定」『2010年代日本における「卵子の老化」キャンペーンと非科学的視覚表象』, 9ページ