remcat: 研究資料集

(TANAKA Sigeto)

傾きの大きい曲線を抽出した自然出生力のグラフ

2013年、日本生殖医学会は公式ウエブサイトに「不妊症Q&A」コーナー [22] を開設しました (5ページ参照)。図9はこのコーナーの「年齢と不妊症」というページにあったものです。これとおなじグラフは、ほかにも、同学会の専門医研修等で使う教科書『生殖医療の必修知識』[23] や、当時同学会理事長だった吉村泰典の監修になる『生殖医療ポケットマニュアル』[24] といった専門家向け出版物に載っています。これらの出版物は多数の執筆者が分担しています。当該グラフが出てくる部分の執筆者は高橋俊文 (当時は山形大学講師、現在は福島県立医科大学教授) でした。

図9: 日本生殖医学会が抜き出した4本の曲線


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http://www.jsrm.or.jp/public/funinsho_qa18.html から複製

http://tsigeto.info/17d

図9は4本の曲線からなりますが、日本生殖医学会サイトによれば、これらはMenkenほかの論文 [45] から「代表的なデータを抜粋」したものだそうです。Menkenほか [45] に出てくるグラフ (図10) は、さまざまな自然出生力集団 (7ページ参照) の資料から10種類の年齢別婚姻内出生率データを選んで図示しています。そこから4つのデータを抜き出したのが図9であることになります。何を基準に「代表的」と判定したかについては説明がありません。

この図を描く際に、日本生殖医学会は初歩的な誤りを犯しています [46]。4本の曲線のうち「17世紀」と説明がついた曲線は、実際には17世紀ではなく、20世紀のデータです。他方、「20世紀」と書いてある曲線のほうは、元のデータ (図10) では17世紀と18世紀の別々のデータだったものをつなげて1本にしています。

図10の10本の曲線のうち、図9に載ったものと載らなかったものをくらべると、後者はすべて凸型の曲線を描いています [1]。すなわち、20代から30代前半は傾きがゆるやかで、30代中頃以降になってから傾きが大きくなっていくのです。これに対して、日本生殖医学会が4本の曲線を抜き出した図9は、相対的に傾きが大きく、より急激な減少を印象づけます。特に「20世紀」という説明のついたラインに目を向けると、ほとんど一直線に出生率が落ちていくようにみえます。

図10: 自然出生力集団10個の年齢別婚姻内出生率


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Menken, Trussell, Larsen [45] から複製

https://remcat.hatenadiary.jp/entry/20160430

当該グラフに関する日本生殖医学会 [23] の説明には、ほかにもおかしなところがあります。データは16世紀から20世紀前半の北米フッター派の各コホート集団の記録だと書いていたりします。しかし本当は、図10のグラフは、世界各地の既存の人口データをまとめたものです。10個のデータのうち「北米フッター派」はふたつだけ。あとはヨーロッパ、アフリカ、アジア、アメリカのさまざまな地域・時代から来ています。それは、図10下部の注釈にノルウェー、チュニス、イランなどの地名があるのを見ればすぐにわかる事柄です。要するに、日本生殖医学会で教科書等の執筆・編集・監修・査読にあたった人の誰ひとりとしてMenken ほかの論文 [45] を読まずに引用しているのです。

このグラフは、問題の指摘 [46] があったあとの2016年12月になって、日本生殖医学会ウエブサイト [22] からなくなりました。教科書『生殖医療の必修知識』からは、2017年の改訂版 [47] で姿を消しています。しかし日本生殖医学会は、このようなグラフをなぜ、どのようにしてつくり、公式ウエブサイトや教科書に載せてしまったかについて、何も説明していません。おなじグラフは、依然として書籍やネット記事、自治体のライフプラン冊子 (11ページ参照) などで使われています。

([ ] 内の数字は文献番号です http://tsigeto.info/18l#bib 参照。)

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「傾きの大きい曲線を抽出した自然出生力のグラフ」『2010年代日本における「卵子の老化」キャンペーンと非科学的視覚表象』, 8ページ